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戦争

縄文時代の晩期に稲作の技術が伝わるまで、日本は狩猟や漁労をしながら食べていくことに必死な時代が続きました。人と人が争う暇もなく素朴な暮らしをしていたと思われます。
争ったりしていては飢えてしまう。

ところが、水田を作ることを覚えてから、定住することが可能になり、道具も発達し、人は争うようになりました。持てる者と持たざる者、上下関係、土地への執着など争い事の種が発生し始めました。
以後、人類の歴史に戦争がなかった時期はありません。
しかも、これまでの歴史で、戦争をして非武装の人々に対する殺害や虐待を
一切おかさなかった国はなく
、日本も例外ではありませんでした。さて、

第二次世界大戦全体の世界中の戦死者は2200万人、負傷者は3400万人と推定されるそうです。


1945年3月、米軍はB29爆撃機の編隊で東京の江東地区を空襲し、約
10万人の死者が出ました(東京大空襲)。その後も、日本各地の産業都市は次々と空襲を受け、東京同様の壊滅的な被害を被りました。

第二次世界大戦末期、ソ連は満州に侵入し、日本の一般市民の殺害や略奪や暴行をくり返した上、
捕虜を含む約60万の日本人をシベリアに連行しました。
過酷な労働に従事させられた人のうち、およそ1割の人が亡くなりました。
1945年、旧満州(現中国東北部)などで終戦を迎え武装解除された旧日本兵らは、
旧ソ連やモンゴル各地の収容所に連行され、鉄道建設や森林伐採などの強制労働に従事させられました。日本政府の調査では、うち約5万人以上が栄養失調や病気で死亡したと推定されますが、正確な人数は不明。91年、日ソ間で捕虜収容所の収容者に関する協定が結ばれ、収容者全員の名簿を旧ソ連側が日本に提出することが取り決められました。
当時のソ連は、日ソ中立条約を一方的に破棄しての参戦、北方四島の占領、上記のシベリア抑留と、まるで火事場泥棒のようなことを!

広島では世界最初の核兵器により、一瞬にして14万人以上の尊い命が奪われました。
その後に原爆症により亡くなられた方の数は、これをはるかに上回っています。

長崎でも7万人以上もの尊い命が一瞬にして奪われました。
広島と同じくその後原爆症により多くの方が苦しみながら死んでいきました。

日本本土爆撃を考案したカーチス・ルメイは自らが後に
「もし戦争に負けていたら国際戦時法違反で私は裁かれていただろう」
と述懐していたそうです。が、ルメイは国際法違反の無差別殺戮ではないと主張しました。
「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊したのだ。木と紙で出来た民家の一軒一軒が全て我々を攻撃する武器工場だ。これをやっつけて何が悪いのか。」
映画「地獄の黙示録」にも、ジャングルに空からナパーム弾を打ち込むシーンで
「石器時代に戻してやれ」
という台詞が出てきますが、これもベトナム戦争時にルメイが実際に言った言葉であるといいます。のちの報道によれば、東京大空襲の半数は窒息ないしは呼吸困難による死傷者だったそうです。すさまじい猛火が大気中の酸素を奪ったということです。日本側の対空砲火、あるいは戦闘機による反撃は徴々たるものでした。このおぞましい男カーチス・ルメイは、このように市民10万人焼き殺した上、広島長崎の原爆攻撃指揮までしたのです。

1964年(昭和39年、東京オリンピック開催の年)、日本政府は航空自衛隊の育成に尽力した功績を評価して、カーチス・E・ルメイ将軍に勲一等旭日大綬章を与えました。
時の総理大臣は佐藤栄作。。
その佐藤栄作は、後にノーベル平和賞を受賞しました。

何故、ルメイに勲章をあげたの~?
 

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コメント

もし、よろしければブックマーク
させていただけませんでしょうか?
ミーシャさんのブログは勉強になります。
是非、宜しくお願いします。

投稿: kju96 | 2006年8月 4日 (金) 03時15分

kju96さん、ブックマークの件ありがとうございます。
勉強なんてとんでもありません(笑)
こちらこそ、いつも貴重なコメントに感謝してます。 
kju96さんの素敵なブログもこちらにリンクさせていただきました。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

投稿: ミーシャ | 2006年8月 4日 (金) 12時15分

ミーシャさん、こんばんわ(^_^)(._.)

まずは、リンクのお誘いありがとうございました。
早速ですが私もミーシャさんのページをリンクさせて頂きました。
バナーを頂戴いたしましたので、後ほどリンクのページを確認をお願い致します。
何かありましたら、遠慮なくおっしゃってください。

今日の日記、私が中学生の頃の自分を思い出しました。
勉強が全くできなくて、落ちこぼれ街道を進んでいたのですが、社会だけは大好きでした。
戦争と平和を考える・・・なんていうクラブにも所属していたのですが、
今回ミーシャさんが書かれたお話、知りませんでした(^_^;)

戦争は人の命を奪うだけで、何も得るものは無いと思います。
しかし、矛盾というのはどの世界にもあるもので・・・評価されてしまうのですね。

この歴史の流れ、今も継続されているのかな?と思います。
今この時間、争いが行われている地域もあります。話し合いで解決する事って
難しい事なのでしょうか・・・せっかく人間は言葉が話せるのに。

投稿: アルデバラン | 2006年8月 5日 (土) 21時43分

このお話し・・・

私の座右の書に出てくるんです・・・

「やるせない思い」と始まる一節です・・・

投稿: むろぴい | 2006年8月 6日 (日) 07時41分

あさ、テレビに合わせて黙祷をささげました。

シベリアに連行された主人の伯父は、幸運なことに復員し、今も元気でいます。

>91年、日ソ間で捕虜収容所の収容者に関する協定が・・・
>何故、ルメイに勲章をあげたの~? 

知らなかったわ。お勉強させていただきましたm(__)m

投稿: りりー姫 | 2006年8月 6日 (日) 09時21分

戦争はやはりどのような戦争でもあってはいけない。
そんなことくらいしか、頭の中でお題目のようにしか感じられない世代に生まれた私達です。

私も恥ずかしながらルメイの名前だけ知っていただけで、あとはほとんど知りませんでした!
そんなとんでもないヤツだったのかと・・記事を拝見していて腹が煮えましたよ(爆)
私にはアドルフ・ヒトラーに次ぐ、いやな人間のひとりになりましたよ~!(規模が違うけど殺戮をしたという事実は同じですものね)

最近、図書館で借りた「あのころはフリードリヒがいた」という本を読んだんです。
ユダヤ人が迫害された時代のドイツでの話でしたが・・・同じ人間なのに、命はひとしいのに、と苦しかったです。
戦争は勝たないと意味がありません。負けることは「死」なのですよね・・それが一番つらいと思いました。
知らない世代に生まれても、後世に語り継ぎ、忘れないようにするのが私達のできる唯一の「お役目」のように思います。


投稿: ジュリア | 2006年8月 6日 (日) 22時06分

>アルデバランさん、リンクの件ではお世話になりました。
ありがとうございます。
画像掲示板の方にジュリアさんが似顔絵を届けて下さってますので、それも飾らせていただきます。
高校時代に社会がお好きだったんですね。
私も社会科が好きでした。特に歴史が好きで考古学クラブにいました(笑) 
もしかして、地球上に女性だけだったら戦争は起きないかしら?
あっ、失礼致しました~(笑)


>むろぴいさん、こちらにもコメントありがとうございます。
むろぴいさんのブログで座右の書のことを知りました。
本当にやるせない気持ちになります。
8月は気の重い月でもありますが、風化させてはいけない歴史ですね。


>リリー姫さん、こちらのもコメントありがとうございます。
私もおかみさん同様黙祷致しました。
ご主人様の伯父さまがシベリアに! では、お話が直に聞けますね。
私の祖父は満州でした。幸い無事に引き上げることが出来、平穏な余生を送ることが出来ました。満州での出来事はかなりその祖父から聞いてました。
戦争は勝っても負けても悲惨なことばかりですね。良いことは何もありませんね。


>ジュリアさん、方々にコメントありがとうございます^^
ルメイはおぞましい男です。日本、キューバ、ベトナム、と彼の頭の中には
「敵を殲滅せよ」という言葉しかなかったのではないでしょうか。
原爆投下の際、日本側に警戒態勢をとらせないため、B29の高々度の単機使用
というのは彼の発案だったそうです。
「あのころはフリードリヒがいた」は読んでませんが、ユダヤ人の悲劇もすごいものでしたね。同じ人間なのに何故あそこまで差別し迫害出来るのでしょう。

投稿: ミーシャ | 2006年8月 7日 (月) 02時11分

 ミーシャさん、こんにちは。

こちらのブログの存在は気付いてませんでした~><
でも皆さん、しっかりコメントしてるし~^^;

私も今回の北方領土に関してはシベリア送還の事を思い起こし
なんて横暴な!!と憤りました。
それも武装解除した兵士達を、ですものね。
決して許されることではありません。
なのになぜか謝ってばかりの日本政府。。悔しいです。

旧ソ連がしてきたこと、語れば限がありません。
中でも決して許せないのが無抵抗の婦女子を虐殺した・・・
んん~名前が思い出せない~><・・・事件。。
大地が血で真っ赤に染まった事でも有名ですので
ミーシャさんならお分かり頂けますよね?

そうそう。。
これはアメリカが相手でしたっけ?
従軍看護婦事件。これも本当に悲惨でした。
世界各国の異常な反日感情が高まってますが、
日本人も塗炭の苦しみを味わってきたのですよね。。

正直・・・政治的な事はこういうブログ上では書きたくありませんので
今後は多分、あまりコメントしないと思いますが・・・
この場所をせっかく教えて頂いたので、
ご挨拶に書かせて頂ました。

投稿: プラム | 2006年8月31日 (木) 13時04分

プラムさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>なのになぜか謝ってばかりの日本政府。。悔しいです。
>世界各国の異常な反日感情が高まってますが、
日本人も塗炭の苦しみを味わってきたのですよね。。

そうなんですね。日本人も戦争によって語り尽くせないほどの悲しみを味わいました。また、戦後60年、GHQの強要した真実とはほど遠い教育と日教組の自虐思想教育で、日本人は誇りの持てない民になってしまいました。国旗も国歌も普通の国のようには扱えない。極端な教育で平和ボケと言われるほどの平和を手に入れたことは、全否定するものではありませんが、この先どうなのかなと思います。近隣は好戦的な国々ばかりで不安な要素が満ちてます。1国平和主義は許されないのが現実です。二度と戦争が起こらないように考えていきたいなと思いました。
温故知新、歴史に学ぶことは多いと思います。

投稿: ミーシャ | 2006年8月31日 (木) 17時59分

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