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教育と防衛

最近の学校に対する親のクレームがあまりにも非常識なことに呆れるばかりです。団塊の世代が育てた子供が親になって(団塊の世代二世)、学校にトンデモナイ苦情を寄せているわけです。また、払えるのに給食費未納、医療費未納も然り。親の教育が必要だとも言われている始末。こういう人間が増えるのは、教育のせいばかりとは言えませんが、私は、祖国に誇りも自信も持たせなかった戦後教育に少なからず原因があると思っています。親や教師は友達ではありませんし、先人を敬う気持ちも失くしてはいけません。祖国の悪い面だけ強調して教え反省ばかりさせ、良い面はほとんど記述してない歴史教科書・・・そんな国があるでしょうか?

松原久子著「驕れる白人と闘うための日本近代史(文芸春秋)」は、欧米人を相手にドイツ語で書かれ、そして1989年、冷戦終了数週間前の時期にミュンヘンで出版された本ですが、欧米人の「優越意識」に決然と闘いを挑んだ書、大変物議をかもしました。「江戸時代は3000万人の人口を平等・幸福に存続させていくエコロジカルで優れた社会システムがあった。そして、日本は開国の時にはこれに対応できる社会体制も整っていた。」
寺子屋の普及や今日で言う通信教育が行われていた江戸時代・日本は世界でもっとも識字率が高く、また、都市では農業とのリサイクルが行われ、そのため都市は世界でもっとも清潔であったことなども書かれています。

以下、訳者・田中敏氏 「まえがき」より

本書は、松原久子氏の「Raumshriff Japan」(宇宙船 日本)Albrecht Knaus 社、ミュンヘン、の邦訳である。原著は著者がドイツ人に向けてドイツ語で日本を語り、ドイツで出版したものである。

氏は「言上げせよ日本」という。その意味は、日本の(伝統)文化の紹介ではない。「言葉による自国の防衛」である。白人は日本の伝統文化の紹介は歓迎するが、このような発言にたいしては激しい抵抗をするのである。

ドイツの全国テレビの毎週五カ国の代表による討論番組に、氏はレギュラーメンバーとして出演していた。
ある時、そのテーマは「過去の克服-日本とドイツ」であった。ドイツ代表は、日本軍がアジア諸国で犯した蛮行をホロコーストと同一視し、米国代表は、生体実験や南京事件を持ち出すなどして日本を攻撃した。

松原氏は応戦して、ホロコーストは民族絶滅を目的としたドイツの政策であって、戦争とは全く無関係であること、そういう発想そのものが日本人の思推方法に存在しないと反論し、英国代表には、彼らによる日本人捕虜虐待、米国代表には、百以上の日本の都市無差別爆撃を指摘した。
番組のあとのクライマックスはこうである。

「テレビ局からケルン駅に出てハンブルグ行を待っていると人混みの中から中年女性が近づいてきた。彼女は私の前に立ち「我々の悪口を言うものはこれだ。日本へ帰れ」というなり私の顔にぴしゃりと平手打ちをくらわせてさっさと消えていった。

  松原氏は日本を言葉で防衛している貴重な日本人である。氏の言葉を借りれば、「傷ついて、悔し涙を流して」防衛している唯一の日本人である。

戦後の歴史教科書は、「江戸」が反文明的で暗く、西欧と比べて大変遅れていて、文化度も低いなどと教えました。近年、それは間違いであり事実は逆であり、江戸時代の日本は世界に抜きんでた文明と文化、そして経済力を誇っていたことが、あらゆる方面で立証されています。江戸時代の百姓は「生かさぬよう殺さぬよう」、生存のギリギリまで年貢を搾り取られ、貧窮のどん底にあったとするイメージはウソです。貧農史観は実証的な根拠がありません。江戸時代の農民はかつて想像されていたよりもはるかに自由で豊かな生活を営んでいました。教科書に、幕府や藩が「四公六民や五公五民といわれる重い年貢を取り立てた」、「きびしい身分による差別が行われていた」などと書かれていませんでしたか? これらはマルクス主義の歴史観です。マルクス主義という色眼鏡で見ると、江戸時代は農奴制の時代で、それがその後の近代日本を遅らせ歪んだ侵略的な国家にしたと見なしたいようです。ところが、日本の中世から近世にかけて日本には農民は存在しますが、農奴というものはありませんでした。一方、ヨーロッパに広く農奴制が広がっていました。ロシアでは 18世紀になると、この農奴制が変質し、事実上の奴隷制となってしまっています。 司馬遼太郎氏の「十六の話」によりますと、13,14世紀のころは、日本はアジア最大の鋼の生産国だったようです。また、日本のように早い時期に国内を統一して、安定した秩序をつくりあげた国は世界にありません。


長谷川慶太郎氏の「リスク頭脳を持っているか」にも興味深いことが書かれています。

「あの(江戸)時代に鎖国ができたということ自体大変なことなんです。第一に当時の日本は、世界で最も強大な軍隊を持っていた。日本が一方的に鎖国を宣言しても、武力でその国策の変更を強制できる大国がどこにもなかった。そのころヨーロッパではフランスが最初の常備軍を持ったが、その軍隊は一万五千人。ところが織田信長は長篠の合戦だけで三万人を動員してる。しかも当時の日本ほどたくさんの鉄砲を持っている国はなかった。だから通商を許すとか、布教を許すとか、一方的に日本の為政者が決めてる。恩恵としてその権利を与えてる。」
「大陸で「元」王朝が銅銭に不足して紙のカネ、紙幣を発行したころ、室町時代ですが、日本はもう為替手形を通用させていた。博多で発行させた手形を持って大阪へ行けば、そこで即座に銅銭に取り替えられたし、刀剣でも衣装でもなんでも買うことができた。完全にいまの銀行と同じ制度ができていた。もし銅銭や金貨で運んでいたら、大変な費用がかかるし、危険でもある。手形ならどこに隠してでも持っていける。これは大変なことです。安定した秩序が相当に続かないことには、こういう制度は定着しません。」


日本が完全に鎖国をして安定した社会をつくれたころ、欧州ではまだ完全な分裂国家であり、日本は欧州の文明より一歩先んじていたことが分かります。鎖国したから300年の平和が保てたのではなく、当時のスペイン人やイギリス人を追い払うだけの軍隊を持っていたから鎖国することができたんですね。鎖国をするということは、そういう強さが国になくては不可能であったと。鎖国を閉鎖的なイメージのみで語るのは間違いであると思います。しかも、日本は当時、世界一の産金国であり産銀国。豊かでした。日本独自の芸術・工芸・学問も幅広く開花しました。


さて、韓国では、昨年12月に日本で可決された教育基本法改正案とその内容について、集団主義・国家主義の教育を復活させるのではないかとの懸念を覚えると同時に、政府ではなく全国教職員労働組合(全教組)に掌握された韓国教育について考えさせられたというのです。韓国では、この15年間、教育の主導権が政府から全教祖に移って親北朝鮮・反米思想を植えつけていると懸念してます。学校をまるで革命闘士の養成所に変えてしまった。もう日本のレベルに追いつくことなど不可能だいう悲観的な考えに陥らざるを得ない。」と。世界のトップレベルの学力を目指すという安倍政権と比較してますね。

日本の教育改革と全教組に支配された韓国の教育
朝鮮日報[社説] : 2006/12/18

 日本で、1947年以来59年間にわたり1度も手を加えられたことのなかった教育基本法改正案が15日、可決された。改正教育基本法では前文に「公共の精神を尊び」という1節が加えられ、教育の目標の中に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」という内容を含ませた。

 「教育の憲法」とされる教育基本法が改正されることによって、今後の教育方針や教科課程、教科書の内容、教師の指導要領も一斉に変わることになり、日本の教育の流れは大きく方向転換することになった。安倍首相は改正教育基本法の成立後の記者会見で「今回の法改正内容とは別の問題だが、国旗掲揚と国歌斉唱は尊重されなければならない」と語った。

 今回の法改正に際し、日本が公共の価値と愛国心を掲げて集団主義・国家主義の教育を復活させるのではないかとの懸念を覚えると同時に、政府ではなく全国教職員労働組合(全教組)に掌握された韓国教育について考えさせられた。

 韓国の教育の主導権が、政府から全教組に移ってすでに15年以上が過ぎた。この間、教員全体の4分の1を占める全教組所属教師は、教育現場で生徒たちに親北朝鮮・反米思想を注入することに全力を尽くしてきた。韓国の教育は、教育者の手を離れて時代錯誤のエセ革命家たちの手に渡ってしまったのだ。

 全教組には、生徒たちに兵役や国旗への敬礼を拒否すべきだと教える教師や、北朝鮮が「自主の天国」だとし、中学生を洗脳する教師もいる。全教組の資料集は金日成(キム・イルソン)の抗日闘争を美化し、韓国戦争(朝鮮戦争)を祖国解放戦争として描写し、金正日(キム・ジョンイル)の先軍政治を称賛する内容で満ちている。全教組に所属する教師に習った生徒たちは、反戦バッジを付け、長期非転向囚の話を聞いて「胸が熱く燃え上がる」といった文章をインターネットに書き込んでいる。

 一方で日本では安倍首相が強い国家は強い国民によって作られるという考えの下、教育内容を土台から練り直している。国語・英語・算数・理科の授業を増やし、全国で学力テストを実施して、教員免許を5年ごとに更新させ、学校ごとの学力の格差を公開するという。このように、これまでのやり方を一変させ、世界のトップレベルの学力を目指すという構えだ。

 日本がこうした方向転換を行っている間、全教組の統治下にある韓国の教育は、学校をまるで革命闘士の養成所に変えてしまった。もう日本のレベルに追いつくことなど不可能だいう悲観的な考えに陥らざるを得ない。

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コメント

一番、見るのもつらいのが子供たちの現状です。子供達は、見当違いな親の教育熱に押しひしがれています。小学校低学年で習い事が、週5回以上なんてごく普通です。それに、子供達は二人の親にたいして、一人で立ち向かう事もできず泣き寝入りしています。一人っ子は、本当に可哀そうで、見ていられません。親も加害者なのです。特に、能力的に劣る場合の塾やスポーツで、子供がどんなにつらい思いをしているかは、横でみている私にも、よーっく判るのに、親はわかってあげようとしない。
 私は書道教室を持っています。今では、もう、子供達はほんの少人数なんですけど、深刻な問題を抱えている子供達を見ます。大人だって、ちょっと心配事があるだけで、他のことにも、集中できないって言うことがよくありますよね。つらいサッカー教室の事を考えるだけで、もう、生活全体が灰色・・・そんな事をお母さんに言っても、ガンとして受け入れてくれませんね。先日も「この子は、相当疲れてるわ。ゆっくーり休ませて上げて」ってある親の言いました。でも、やっぱり、聞いてはもらえない。
 ミーシャさんの趣旨とは、見当違いのことばかり言っていますが、勿論、歴史教育も国の誇りも大切ですが、親に子供の育て方を教育する必要があります。
 今朝の毎日新聞朝刊にコシノヒロ子さんが、書いていました。「日本にも、文化相」ってのがいるって。本当に日本の国土も、情緒も、愛国心も指の隙間から砂がこぼれ落ちるように無くなって来ています。

投稿: 山口ももり | 2007年7月13日 (金) 07時47分

ももりさん、コメントありがとうございます。
>親も加害者なのです。
親が変われば子どもが変わるのでしょうね。教育再生会議が打ち出した「親学」は「育児介入でなく応援 知恵の共有が必要」ということでしたが不評でしたね。最近の大人のマナーの低下など見ていると、こういうものも必要かなって思ったりしましたが。親の教育は難しいです。
文部科学省の外局に文化庁がありますね。三浦朱門さんが長官を務めたことがありました。文化庁も省に昇格させましょう!
書道教室というのは、まず子供が「きちんと座る」ということを教えてくれると聞いたことがあります。今の子供たちの落ち着きのないこと! 我が家の子供たちが小学生の頃、私の知る限り、先生と呼ばずに友達のように○○ちゃんとか呼んで良いという教師が2人もいました。その1人の男性教師は、卒業式などで「君が代反対」とか「起立しません」とか叫ぶのです。そのクラスは授業中と休み時間の区別がつかないほど騒がしかった。学級崩壊を起こしてました。ちなみに、ほかにも学級崩壊を起こしているクラスが幾つかありました。一年生の生徒に泣くまで立たせて叱り続けるということを繰り返す女性教師もいました。寝起きかと思うほど乱れた髪の女性教師も授業参観で見ました。その教師は、声が低く小さく、聞き取りにくい。これでは退屈で、低学年の生徒が授業に身が入りません。中学でも、ほとんどの時間を黒板に向かって書き続けるだけの教師、生徒と目を合わせない教師がいました。こういった「教師の資質」に欠ける者が、全国でどのくらいいるのでしょう。

投稿: ミーシャ | 2007年7月13日 (金) 19時52分

何時も、ミーシャさんの記事やコメントには、新しいものが感じられ、私自身も新たな発見をさせて頂いております。

今回は、私自身が幼い頃に感じた事を簡単にコメントさせて頂きました。
私は、幸いにして学校の先生から思想的な教えは無く、道徳的な事では教えられた記憶が残っており、何事も一対一で真剣に私達に接してくれていました。そんな意味では、幼い事もあったのでしょうが、今でも尊敬している先生がおり、感謝もしています。
たとえば、集団登校に遅れた為、追いつこうと走って交番の前を通れば、お巡りさんが、カブ(原付)で、学校まで送ってくれた事も多々ありました。
近所の顔見知り大人は、外で会えば必ず声をかけてくれたり、逆に悪戯をすれば「こらー」と言葉がきたものです。
勿論、以前にも書きましたが、大人と子供や親子の関係は、現代の様な友達関係なんかは、とんでもない事で、区別はハッキリつけられていました。
当時は、そう云う意味では、教育は学業を主に差していた様で、生活や道徳的な事では、理論では無く、地域の大人の子供への真っ当な思いが、自然な教えになっていた様に思います。

投稿: SUKIPIO | 2007年7月13日 (金) 20時22分

SUKIPIOさん、コメントありがとうございます。
良い先生に巡り合えることは非常にラッキーなことですね。教師の言動は、多感な子供時代に大変影響力があります。SUKIPIOさん同様、私の子供時代にも素晴らしい先生が数人はいましたが、逆に酷い先生も沢山いました。

民主党の「2007参院選政策リスト300」をめくると、安倍首相が「非」として押さえ込んでいる政策が目につきます。「教科書検定および採択について」には、「教科書採択にあたっては、保護者や教員の意見が確実に反映されるよう」との一文があります。現場教員の意見とはこの場合、民主党の支持母体である日教組の意向につながります。これも、教職員組合や左翼活動家による教科書検定への介入を排除する活動を行ってきた安倍首相と、180度方向が異なりますね。民主党は社会党と名乗った方が良いのでは(苦笑)

投稿: ミーシャ | 2007年7月16日 (月) 02時06分

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