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我が国は「技術立国・経済大国・文化強国」

日本経済に暗雲が漂ったまま2008年が終わり、2009年が幕を開けました。米国のサブプライムとリーマン・ショックから始まり、トヨタとソニー・ショック。この大不況は米国で数年から5年、日本は10年という経済学者さえいるほど脱出が難しいものであるらしい。年が明けても経済ニュースが気にかかる1年になりそうですね。

産経新聞の【正論】には、興味深い内容の記事が多い。テレビのニュースなどでは知り得ない情報もよく見受けられます。保守的な言論人が、あまりテレビに出演していないということもあるでしょう。一つの言葉を大合唱するテレビは、世論を誘導する。テレビとは異なる見解を持つことは不道徳であるみたいな風潮をつくる。これは韓国ほどではありませんが、言論の自由を奪いつつあるような危惧を覚えます。親日派子孫の財産を没収をする韓国では、親日派は社会から抹殺されるそうですが、人権擁護法案が成立したら韓国同様、何も言えない恐ろしい国家になりそうな気がします。何も言えないとは、普通の人々が政府見解とは異なることを言ったら、という意味です。

マスコミがまことしやかに流し続ける言葉が「本当に正しいのか」と、今一度考えてみることが大事です。「河野談話」は韓国の執拗な暴言に負けた談話であり、「村山談話」はろくに審議もされずに閣議決定した社会党の首相の感想に過ぎません。二つの談話はいつまでもを政府見解だと金科玉条のごとく大事にするようなものではなく、見直すべき談話。中国と朝鮮半島だけがアジアだと言わんばかりの言論には要注意なのです。日本の慰安婦や戦争責任を現在の尺度で、しかも日本のみを批判・攻撃してくる中国や韓国政府に同調するのは間違い。今の価値観で過去を断罪するのは、正当なことではありません。

日本の安全保障に関するマスコミ的論調も矛盾が多過ぎて破綻しています。自衛隊の制服組を何かと危険視しますね。自衛隊は戦争をしたい組織だなどと平気で言う。では、自衛隊も要らない、米軍基地も要らないと言う人は、警察も要らないということになります。その覚悟があるのでしょうかね。日米同盟を否定する人は、どのような国防を考えているのでしょう。国防も必要ないらしい。「殺すより殺される方が良い」というのは耳に心地良いものです。性善説なのか、正当防衛も認めないのか、非暴力を訴えたいのか・・・個人の意見ならご自由に。勝手に殺されればよい。しかし、国策としては非現実的過ぎて日本を悲惨な方向へとミスリードするものです。国際社会は、相手の善意に期待するような性善説が通るような場ではありません。武力があるから戦争になるんだというのはウソです。中国や韓国・北朝鮮、米国、ロシア、EU、中東などを非武装にして、初めて成り立つ非武装論。日本のように悠久の歴史があり、経済力があり、独特の優秀な技術と文化のある国が、一国だけ非武装で存在したら平和どころか戦争を誘発してしまいます。

日本と日本人は、美味しいのです。鎌倉幕府といい、明治維新といい、世界に誇れる革命を起こし、白人帝国主義に犯されず植民地支配を免れ、技術立国・経済大国・文化強国となりました。日本の歴史と伝統に誇りを持ちましょう。そして、安易に「1000万人移民受け入れ」とか、民主党が提案する「人権擁護法案」「外国人参政権付与」「(沖縄県)一国二制度」「国家主権を外国に移譲する」など、日本と日本人をぶっ壊すような政策には反対しましょう。

先の大戦を、ジャーナリストの松井やよりのように「負けると分かっていた戦争を始めたのは悪い」と批判するのは簡単です。後出しジャンケンで当時の状況を一方的に断罪するのは簡単です。世論を利用して戦争を煽っていたマスコミと学者、弱腰外交をする政府高官が世論に更迭された時代、それでも当時の日本にいて、時代の勢いに飲まれないという自信があるのか。今の価値観で過去を断罪するのは、正当なことではありません。

【正論】京都大学名誉教授・加藤尚武 金融危機に“渋沢精神”を思う
産経ニュース 2008.12.26

日本に金融という概念を導入したのは渋沢栄一である。企業人として奇跡的ともいえる成功を収めた。500以上の会社を設立し、ほとんどすべてを軌道に乗せた。<span style="color:#990000">「銀行」という言葉も、フランスの制度を見てきた渋沢の工夫で作られた。</span>多くの人が蓄えたお金を集めて、その持ち主よりも有効に使ってもらえる人に預けたら、経済が繁栄すると、彼は考えたが、そこに実質経済と金融とのバランスが必要という視点を忘れることはなかった。

 ≪国民の気持ちをまとめる≫

 彼が「利殖と仁義道徳とは一致するものである」と説いた書物は『論語と算盤(そろばん)』(昭和2年)という。儒教思想の修身(個人道徳の完成)、斉家(家族の和解)、治国(国内の平和)、平天下(世界平和)という枠組みが、彼の人生観をしっかりと支えていたことが分かる。家族と国家の間では、官僚以上に経済人の役割が重要だといくたびも説いた。





【正論】三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長、多摩大学教授 中谷巌
産経ニュース 2008.12.22

1930年代の大恐慌の際、フランクリン・ルーズベルト大統領は不退転の決意でニューディール政策を発動したが、効果はまるでなかったというのが定説である。大恐慌を克服する決め手になったのは、第二次世界大戦勃発(ぼっぱつ)による膨大な軍需の発生であった。





【正論】筑波大学大学院教授・古田博司 増殖する韓国の「自尊史観」
産経ニュース 2008.12.17

振り返れば韓国の歴史教科書もはじめからナショナリズム一辺倒であったわけではない。初期には、日清戦争で「日本の勝利となり、下関条約が結ばれ朝鮮の独立が認められた」(★佐鎬『中等世界史』英志文化社、1959年)とか、朝鮮は清の「半属国」だった(金聲近『高等世界史』高等学校2・3学年用、教友社、1962年)とか、平然と言っていた。
 日本が強制的に保護条約を押しつけたと居直るのは、70年代の中頃からのことで、朴正煕政権の後半、力量を持った民族ではなかったことが被植民地支配の原因だったと、ひそかに反省し始めたときであった。

 ≪利権あさる一部マスコミ≫

 ところが、82年6月26日に日本のマスコミが、教科書検定で日本の中国への「侵略」が「進出」に書き換えられたという誤報を行った。日本ではちょうど検定制度をめぐって政府と日教組が大揉(も)めだったときだ。

 中国・韓国からのはげしい抗議が始まり、結果として近隣諸国条項(1982年11月24日、教科用図書検定基準)が設けられ、その影響で文部省の第6期学習指導要領(1989年告示)で、「とくに朝鮮については我が国と深いかかわりがあり、従前よりもさらに重視するようにする」という但(ただ)し書きがついてしまった。

 反省の機会を失った韓国の歴史教科書は、日本の自虐史観に反比例するように、どんどんと自尊的になり、「しかし日本は帝国主義列強よりもさらに残忍にアジア各国を蹂躙(じゅうりん)し、20世紀の歴史を悲劇で飾った第二次世界大戦を起こした。このような悲劇は日本の朝鮮強占ではじまり、これは隣の国との友好関係を破壊したところにその原因がある」(申チェシク・洪ソンピョ『高等学校世界史』ポヂンヂェ、1990年)とまで、歴史の歪曲(わいきょく)を行うようになっていったのである。

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