カテゴリー「インド」の3件の記事

パール判事の言葉

首相「パール判事の話楽しみ」
2007/08/14

 安倍晋三首相は14日夕、21日からのインド訪問中に極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務めた故パール氏の長男と会談することについて、「パール判事は日本とゆかりのある方だ。お父さまの話をうかがえることを楽しみにしている」と述べた。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 パール判事は、戦勝国が敗戦国の指導者を裁くことに疑問を提起、判事の中で唯一被告人全員の無罪を主張した。パール判事の長男との会談がアジア諸国などの反発を招くのではないかとの指摘には、「そんなことにはならないと思う」と否定した。

昨日は終戦記念日。
安倍首相は、来週東南アジアへ行きますが、インドでは故パール氏のご長男に会われるとのこと。こういった形で、パール氏が話題になることは良いことです。森さんも、小泉さんもインドへ行かれましたが、パール氏の事は一切報道されませんでした。ご子息との会談があれば、報道せざるを得ません。

NHKスペシャル「パール判事は何を問いかけたのか~東京裁判 知られざる攻防~」や「憲法」も見ました。両方ともNHKにしては今までより、ややニュートラルなスタンスだったような気がします。以前、ゲストのSUKIPIOさんが下記のようなコメントを入れて下さったことがあります。

戦後、パール博士は胆石が持病であり、主治医からも、「命にかかわる」と訪日を止められていたのだが、博士は「人生のたそがれどきに、ぜひもう一目だけ、日本を見たい」との強い願いから、無理を承知で我が国の土を踏んだ。
1966年10月3日午後4時40分、細いからだを両脇から支えられた博士は、合掌したまま中央通路を進み、下手から演台に上った。
聴衆が固唾をのみ見守る中、静かな緊張が走った。だが博士は合掌をして深い黙礼を送るだけで、前かがみの姿がかすかに震えている。沈黙の中、苦痛のせいなのか、長身を不器用に折り曲げた黒い影がゆれている。
聴衆は気付いた。強い感動が博士の心をとらえ、そのからだを震わせているのだということを。場内にすすり泣く声が会場に広がり、そんな時間が流れ、やがて「無言の講演」は終わった。
中央通路を通り出口に向かう博士を、観衆は立ち上がって拍手を送った。そして、その殆どは合掌して博士を車まで見送った。無言が人々の心に雄弁に語りかけた数分間であった。
帰りの車中、博士はもらしたという。「胸がいっぱいで、口を開くことができなかった。」ホテルに戻りベッドの上に端座すると、博士はまた長い合掌を続けた。最後の訪日、80歳の出来事であった。
(以上、パール博士の人柄を見る事からも、他の資料より抜粋させて頂きました)

日本が敗戦で呆然自失し、思想的にも文化的にも日本人のアイデンティティーを失っていた時代に、パール判事は日本人に勇気と希望を与えてくれました。 日本とインドは、アジアにおける二大民主主義国家ですね。中国の温首相の訪日の際の演説は記憶に新しいものですが、昨年12月14日に公賓として来日中だったインドのマンモハン・シン首相の演説はどのテレビでも報道されませんでした。中国共産党への配慮でしょうか?シン首相の演説→こちらに

東京裁判の判事で唯一の国際法学者インドのパール判事は、日本が国際法に照らして無罪であることを終始主張し続けました。日本が正しかったと言っているわけではありません。勝者の連合国も、敗者の日本も、同罪だと言う判断で、戦勝国が敗戦国の指導者を裁くことに疑問を提起、判事の中で唯一被告人全員の無罪を主張しました。

パール博士来日講演記録

「わたしは1928年から45年までの18年間(東京裁判の審議期間)の歴史を2年8カ月かかって調べた。各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それをわたくしは判決文の中に綴った。 このわたくしの歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。 そして自分らの子弟に『日本は国際犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている。満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に
されてゆくのを、私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書き換えられねばならない。」

原爆の広島 http://www6.plala.or.jp/mwmw/kotoba.html

パール博士は、広島の爆心地本川小学校講堂で開かれた世界連邦アジア会議にゲストとして参加された。この会議は独立したばかりの新興アジア諸国の指導者を交えた14カ国、45名の代表と千余名の世連主義者によって構成された。壇上には連邦旗を中心に左右に「人類共栄」「戦争絶滅」のスローガンをかかげ、馬蹄形の議事場には14カ国の代表と正面に下中大会委員長、特別来賓のパール博士と英国のボイド・オア卿(ノーベル平和賞受賞者)が着席した。 博士は45分間にわたる特別講演をおこなった。この講演は、アジア会議の性格を規定する重大な意義をもつものとして注目された。 「人種問題、民族問題が未解決である間は、世界連邦は空念仏である。」と前提して博士はこう述べられた。  「広島、長崎に投下された原爆の口実は何であったか。日本は投下される何の理由があったか。当時すでに日本はソ連を通じて降伏の意思表示していたではないか。それにもかかわらず、この残虐な爆弾を《実験》として広島に投下した。同じ白人同士のドイツにではなくて日本にである。そこに人種的偏見はなかったか。しかもこの惨劇については、いまだ彼らの口から懺悔の言葉を聞いていない。彼らの手はまだ清められていない。こんな状態でどうして彼らと平和を語ることができるか。」  白人代表を目の前にしての痛烈な民族・人種問題についてのこの講演は、会議の性格を一変したといっていい。 この博士の講演に引き続き無残にも悪魔のツメアトも生々しい4名の原爆乙女が壇上に立った。ケロイドで引きつった顔に黒眼鏡をかけた佐古美智子さん(当時20才)が、 「わたしたちは、過去7年の間原爆症のために苦しんできましたが、おそらくこの十字架はなほ長く続くと思われます。しかし、わたしたちは誰をも恨み、憎んではいません。ただ、わたしたちの率直な願いは、再びこんな悲劇が世界の何処にも起こらないようにということです・・・。」と、涙にふるえながらメッセージを読みあげれば、会場は感動のルツボと化し、嵐のような拍手が鳴りやまなかった。感極まった比島代表のアンヘルス氏が原爆犠牲者に一分の黙祷を提案した。一同起立して、黙祷を捧げた。米代表のマックローリン夫人が「わたしはアメリカ人としてこの原爆に責任を感じています。この悲劇がふたたび起こらないよう生涯を通して原爆阻止運動に献身します。」と誓いの言葉を述べた。そして乙女たちの一人一人を抱いて頬に感激のキスをおくった。博士によればこれこそアメリカ人にして《原爆の懺悔》をした最初の人であった。

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マンモハン・シン・インド首相演説

日本とインドは、アジアにおける二大民主主義国家ですね。インドが経済的に発展して、国力を増すことが日本の国益になると思っています。

中国の温首相の訪日の際の演説は記憶に新しいものですが、昨年12月14日に公賓として来日中だったインドのマンモハン・シン首相の演説はどのテレビでも報道されませんでした。その衆議院での演説に関するブログがありましたので、ご紹介します。「日本は孤立している!」と繰り返し叫ぶマスメディアが取り上げない理由がよく分かる内容の演説です。産経新聞まで報道しなかったとは驚きです。

東京裁判で日本人被告全員無罪を言い渡した「パル判事」の名前があるからでしょうか? 「10億を超える人々が民族や文化など多元的な要素を抱えた民主主義の枠組みの中で貧困を撲滅し、社会と経済を現代化しようと試みた例は全くありません。」とあり、「戦争賠償要求を放棄」というくだりが中国に対して皮肉に聞こえるからでしょうか?(中国も戦争賠償要求を放棄はしましたが、それ以上の圧力を日本にいまだにかけてきてます) また、「岸信介に感謝していること」や「日印防衛協力」に言及していることなどが、報道各社に隠蔽を選ばせたのでしょうか?

大東亜戦争の評価では、イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビー氏はこう述べてます。
「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)

米国のコロラド大学歴史学部教授ジョイス・C・レプラ氏
「日本の敗戦、それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味をもっていた。いまや真の独立が確固とした可能性となると同時に、西洋の植民地支配の復活も、許してはならないもう一つの可能性として浮び上がってきたのである。民族主義者は、日本占領期間中に身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、西洋の植民地支配復帰に対抗した。そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということをイギリス、オランダは戦後になって思い知ることになるのである。」(「東南アジアの解放と日本の遺産」より)

オランダのサンティン・アムステルダム元市長
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむことを止め、…その誇りを取り戻すべきであります。」
(1985年日本傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶)

昨夜、
日テレ「太田光の私が総理大臣になったら・・・秘書田中。」という番組で、憲法9条を世界遺産にと言い続ける太田光が、65歳以上の政治家は要らないと言っていました。その理由の中で、団塊の世代より上の年代の人々は、先の戦争をちゃんと総括してないというようなことを言ってました。卑屈にならず、あの戦争を堂々と正しかったと思うなら言えばよかったのに、言わないで来たから若い世代が迷惑を被っていると言うのです。団塊の世代以上の人間は何もしてこなかった・・・だから、引退しろと。いつも、日本が他国に攻められても無抵抗で通せ、何もするなという太田光には疑問を持っていましたが、昨夜の意見には肯ける部分があります。もちろん、年齢に因る差別はいただけませんが(苦笑)
日本は毅然とした態度で大東亜戦争を語るか、あるいは謝罪と莫大な賠償外交をしなければよかったのです。GHQの占領下の時期は仕方がありません。しかし、60年近くずっと中国や韓国・北朝鮮に終わり無き内政干渉をさせているのは日本自身です。平和条約というのは示談が成立したことと同じですから、いつまでも彼の3国のように苦情を言い続けるのは条約違反です。

マンモハン・シン・インド首相演説
2006年12月14日
東京

河野洋平衆議院議長閣下
扇千景参議院議長閣下
安倍晋三内閣総理大臣閣下
衆議院議員ならびに参議院議員の皆様
著名な指導者の皆様ならびにご列席の皆様

 この威厳のある議会において演説の機会を得ましたことは栄誉なことと認識しております。我々二カ国の国民が互いに寄せる善意と友情の表れです。
 ご列席の皆様
 日本とインドは文明的にも近い国であります。我々の最も古い絆を形成するのが、共通する遺産でもある仏教です。二つの文化は歴史を通して交流し、豊かさを増してきました。1000年余り前、インドの僧侶ボディセナ(菩提僊那)は、東大寺の大仏開眼供養に参列するため奈良を訪れました。近代においては、タゴールと岡倉天心が、アジアの偉大なる両国の間に理解の新しい架け橋を築きました。
 科学技術の発展に基づく明治維新以降の日本の近代化と、戦後に日本再建の基となった活力と気概は、インドの初代首相であるジャワハルラル・ネールに深い影響を与えました。ネール首相は、インドが日本と緊密な絆を結び、その経験から学ぶことを望みました。
 インドが日本からのODA(政府開発援助)の最初の受益国になるよう尽力されたのは、当時の岸信介総理大臣でした。今日、インドは日本のODAの最大の受益国であり、こうした援助に我々は深く感謝しております。
 日本の工業は、自動車や石油化学などインド産業の発展のために貴重な役割を果してきました。90年代の初頭、インドが深刻な経済危機に陥った時期、日本は迷うことなく支援し続けてくださいました。
 1952年、インドは日本との間で二国間の平和条約を調印し、日本に対するすべての戦争賠償要求を放棄しました。戦後、ラダ・ビノード・パル判事の下した信念に基づく判断は、今日に至っても日本で記憶されています。
 こうした出来事は、我々の友情の深さと、歴史を通じて、危機に際してお互いに助け合ってきた事実を反映するものです。
 日本を訪れるたびに、お国の発展を見て真に鼓舞され、寛大さに心を打たれます。私は、1992年の訪日を決して忘れることがないでしょう。それは、インドの財務相として初の両国間の訪問でした。
 1991年に前例のない経済危機に対処した際、日本から送られた支援に謝意を述べるための訪日でした。古い型を打破し、グローバル化しつつある世界での競争に備えるべく経済を開放し、新たな前進への道を乗り出す機会を、あの危機は我々に与えたのでした。当時、弾力性や献身といった長所、あるいは逆境にあって如何に機会を創造するかといったことを日本から学ぼうとして、我々は日本に目を向けたのでした。
 新生インドの首相として、今日、私は日本に戻ってまいりました。過去15年間、インド経済は年率平均6パーセントを上回る成長を遂げてきました。近年は一層弾みがつき、成長率は年間8パーセント以上に加速しています。現在、インドの投資率は対GNP比で30パーセントに相当します。1990年代初頭に立ち上げた広範な経済改革の結果、インド経済は、経済のグローバル化と多極化の進む世界の出現によってもたらされた課題やチャンスを受けいれる柔軟性を身につけました。
 インドは、開かれた社会、開かれた経済として前進を続けています。民主的な政体の枠組みの中でインドを変容させようとする我々の努力が成功を収めることは、アジアと世界の平和と発展にとって極めて重要です。これまでに、10億を超える人々が民族や文化など多元的な要素を抱えた民主主義の枠組みの中で貧困を撲滅し、社会と経済を現代化しようと試みた例は全くありません。
 インドは、現在、持続的な高度成長の波に乗っていると思います。サービス主導型かつ技術先導型の経済によるグローバル経済との統合という新しいモデルを開発してきました。今日、インドは、情報技術、バイオテクノロジー、医薬品など、知識を基礎とする分野で主要な役割を担う国として台頭してきました。道路、鉄道、電気通信、港湾、空港などから成る物理的および社会的インフラを拡大し現代化するため、大規模な投資が行われています。こうした発展は、インドの製造業の競争力と生産性を大いに高めるでしょう。
 インドと日本が両国間の結びつきを急速に発展させるための土台は、こうした経過と国際的な筋書きの変化によって生まれました。二つの古代文明にとって、戦略的かつグローバルな関係を含む、強固で今日的な関係を構築する時が到来したと思います。それは、アジアと世界にとって大変重要な意味をもつでしょう。
 我々は、自由、民主主義、基本的権利、法の支配という普遍的に擁護された価値を共有するアジアの二つの大国です。両国間に存在するこの共通の価値と膨大な経済的補完性を活用し、互いに相手国を最重要と認める強固なパートナーシップを築いていかなければなりません。
 また、新たな国際秩序の中で、インドと日本は国力に見合った均衡の取れた役割を演じなければならないという点でも、考え方を共有しています。日印間の強い絆は、開かれた包容力のあるアジアを構築し、地域の平和と安定を強化するための重要な要素です。
 経済関係が二国間関係の基盤となるべきであり、この分野での結びつきを強力に推し進めることが必要です。日印間の貿易や投資は、到底その可能性を発揮しているとはいえません。それとは対照的に、インドと中国、インドと韓国の貿易は好調で、昨年は両国との貿易がおよそ40パーセントの伸びを示しました。中国との貿易は日印貿易の3倍近くに膨らんでおり、韓国との貿易も日印貿易とほぼ肩を並べています。
 経済協力の可能性を十分に生かすには、両国の政府、経済界、産業界の積極的な努力が必要です。
 将来、このパートナーシップを築くことができる最も重要な分野は、知識経済であると信じています。両国の経済構造、比較的得意な分野の均衡状態、人口動態の違いなどを考えれば納得できるでしょう。
 科学技術の分野でも、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、生命科学、情報通信技術といった将来の成長分野での提携を加速させていく必要があります。インドのソフト産業と日本のハード産業は、相乗効果を活用しながら発展しなければなりません。
 心ある賢人同士のパートナーシップは、人事の交流をより盛んにすることを意味します。私は、インドにおいて日本語を学ぶ学生の数が増えることを願っています。日本語は、既にインドの中等教育で外国語の選択科目として導入されています。明日、安部総理大臣と私は、「将来への投資構想」を立ち上げます。今後数年の間に何千人ものインドの若者が日本語を学ぶことができるようにしたいと望んでいます。
 相互が関心を持っているもう一つの分野は、エネルギーの安全保障です。アジア地域全体として、エネルギー供給の安全を保障し、エネルギー市場を効率的に機能させることが必要です。
 我々は貿易とエネルギーの流れを確保するために、シーレーンを保護することを含めた、防衛協力の促進に同等の関心をよせています。
 日本と同様にインドも、増加するエネルギー需要に対応するため、原子力が現実的でクリーンなエネルギー資源だと考えています。これを実現させるために、国際社会による革新的で前向きな取り組みが軌道に乗るよう、我々は日本の支援を求めます。
 テロは平和に対する共通の脅威で、開かれた我々の社会の調和と組織を脅かします。テロには多くの側面があり、その原因も多様で、地理的な境界も無視されるという複雑な問題なのです。我々が力を合わせないかぎり、テロとの戦いには勝てません。
 私は、国連と国連安全保障理事会が今日の情勢に対応できるものになるよう、その活性化と改革に向けて両国が協力してきたことをうれしく思います。両国は国連とさまざまな国連関係機関の効率強化に関心を持っています。この意味において、今、我々が置かれているグローバル化された世界で、各国の相互依存関係を秩序正しく公正に運営していくべく、両国の協力関係を強化しなければなりません。
 アジアで最大の民主主義国と最も発達した民主主義国である両国は、お互いの発展と繁栄に利害関係を有しています。我々は、インドの経済環境が投資のしやすいものになるよう努める決意です。日本企業に是非インドにおけるプレゼンスを拡大していただきたいのです。安部総理大臣と私は、二国間の投資、貿易、テクノロジーの流れを増大させるべく、包括的経済連携協定の締結につながる交渉を開始します。
 我々のパートナーシップは、アジア全域に「優位と繁栄の弧」を創出する可能性を秘めています。それは、アジア経済共同体の形成の基礎となるものです。
 こういった日印間のパートナーシップを拡大させたいという希望や抱負は、あらゆるレベルでの交流を増すことによってのみ現実のものとなります。我々はハイレベルでの「エネルギー対話」を設置することで合意していますが、このような機会がさらに多くの分野で設置されるべきであり、とりわけ貿易と産業分野では不可欠です。
 ご列席の皆様、
 いかなる戦略的パートナーシップにおいても、その礎となるのは人々の友情です。日本の若者の間で映画『踊るマハラジャ』が人気を博していると聞き、うれしく思っています。インドの子供たちは、日本のロボット『踊るアシモ』を見て歓声を上げていました。また、日本ではインド料理店の数が驚異的に増えているようですし、インドでも寿司と天婦羅への人気が高まってきたことは間違いありません。
 2007年は日印友好年であり、日印観光交流年でもあります。さらに、両国を結ぶ航空便の大幅な増便も望んでいます。老いも若きも多くの日本人がインドを訪れ、古代と現代のインドが放つ数多くの輝きをご自身の目で見てほしいと思います。
 インドと日本の新たなパートナーシップという構想は、本日、その決定的瞬間を迎えました。私の訪日はこの構想を具体化するためであり、21世紀をアジアの世紀にするために我々が努力して演じている役割に、将来の世代が感謝することができるようにするためなのです。
 ご清聴、ありがとうございました。

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中国がインドに敗北!

世界競争力報告は、評価対象125カ国・地域の国際競争力を、信頼性ある公表データ、世界経済フォーラムが提携機関と共同で行う包括的な年次調査などの結果を基に指標化して分析し、順位付けを行っているそうです。

世界経済フォーラムがこのほど発表した「2006年版世界競争力報告」で、中国の順位が昨年の48位から54位に後退していたことが分かりました。同じアジアで経済面でのライバルとみなされるインドの43位より11もランクを落としました。
新興経済大国として台頭する中国に、名実ともに強い経済体質を持つ国への道はまだ遠いという重い現実を突きつけたといえそうです。
最も厳しい評価が下ったのが知的財産権保護、司法など制度的環境。制度的環境に関連する15すべての指標で公的部門、民間部門を問わず低い結果が出たとしています。
また、携帯電話、インターネット、パソコン(PC)など最新技術の普及率の低さ、国際基準にいまだ達しない中等・高等教育機関への進学率も、評価を下げる要因になったと説明。

一方、インドは中国を抜いただけでなく、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国の新興4カ国)の中でも首位に立ちました。技術革新(イノベーション)と企業経営の洗練度で高評価を獲得していて、これが総合評価の順位を大きく押し上げたそうです。

中華至上主義を掲げるマスメディアとは対照的に、日本政府は中韓からインドに外交相手の重心を移しつつあります。
中国経済の不安定材料は山ほどあり、それでも中国投資を煽る日本のマスメディアは、バブルから何も学ばなかったのでしょうか。中国が持つ山積する問題点を正確に伝えない日本のマスメディアや中国共産党の不可思議さに驚いてます。
中国国内における人権問題は、インドのカースト制度以上の問題を孕んでいます。法輪功への血の弾圧は容赦ないし(共産党は、生きたままの彼らから臓器を取り出し、患者に移植して暴利をむさぼっているそうです)、チベットやウイグルでの民族浄化による婦女子への残忍な処置は、多様性を重んじるインドとは対象をなしています。インドも不安材料はありますが、中国と比べたら大したことはありません。

中国の問題点
●地方と都会の格差による度重なる地方農民の大暴動●少数民族の決起●反日による歴史捏造を喧伝する共産党とそれに扇動され反日暴動を起こす民衆●賄賂が常識の経済●著作権や特許の無視●高い失業率●急激な少子化●共産党による言論断圧や言論統制●軍事費の異常な伸びや周辺諸国や紛争地区への武力威圧や不法占拠。
そして、周辺諸国の共産テロ組織への軍事援助や、人権弾圧の続くアフリカ諸国への援助など。

ある日突然、外資が撤退となり、中国経済崩壊という事態がいつ起きてもおかしくない状況でしょうか。

ところで、日本は7位に上昇、米国は6位に転落です。
日本は、「保健」、「初等教育」、「イノベーション」などの分野では、調査対象125カ国中トップです。

世界経済フォーラム(本部・ジュネーブ)は26日、06年版の世界競争力ランキングを発表した。昨年1位だった米国が財政赤字などを理由に6位に転落。昨年10位だった日本は、7位に上昇した。整ったインフラや教育された質の高い労働力、技術力が評価された。

 同ランキングは世界125カ国・地域の統計データなどもとにマクロ経済や行政効率、技術力、インフラ整備状況、教育などの要素を指数化し、研究者や経営者ら世界約1万1000人のアンケート回答を組み合わせて算出したもの。今回、評価項目を増やしたため、新しい方式にあてはめて過去のランキングを修正した。

 米国はビジネス環境や市場の効率性、技術力など依然優れているものの、財政赤字の増大からくるマクロ経済の不安定さが競争力の低下につながっていると分析している。スイスが初めて1位になった。特に科学分野の研究開発が強化されたことが評価を高めた。2~4位はフィンランド、スウェーデン、デンマークの北欧諸国が占めた。

 アジアではシンガポールが日本を上回る5位。台湾13位、韓国24位、マレーシア26位と続いている。経済成長が著しいインドは43位、中国は54位だった。 ( asahi.comより)

◆競争力ランキング  (カッコ内は昨年の順位)

1(4)スイス

2(2)フィンランド

3(7)スウェーデン

4(3)デンマーク

5(5)シンガポール

6(1)米国

7(10)日本

8(6)ドイツ

9(11)オランダ

10(9)英国

13(8)台湾

24(19)韓国

26(25)マレーシア

43(45)インド

54(48)中国

          

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