カテゴリー「戦争」の17件の記事

戦争と教訓

国籍不明潜水艦の領海侵犯事件。
14日午前6時56分、高知県沖の領海内で、国籍不明の潜水艦が潜望鏡を出して潜航しているのを、海自のイージス護衛艦「あたご」が確認。潜水艦はあたごが追跡開始後間もなく、領海外に出た。海自は周辺海域を捜索し、潜水艦の行方や国籍などの解明を進めていると報じられています。

豊後水道付近とは驚きです。あまりにも本土に近いからです。専門家の多くはこの潜水艦は中国のものとみているのでしょうね。軍事アナリストの小川和久氏も「こういうことをするのは中国海軍」と指摘。日本の周辺海域は中国の潜水艦がどこにいてもおかしくないらしい。豊後水道は、多くの商船だけでなく、海上自衛隊最大級の基地である呉からの艦艇が出入りする重要な水道だそうです。

テレビの報道番組で、普段は自衛隊さえ要らないようなことを言っている識者らが、こういう時だけ海上自衛隊の能力を批判するのはおかしいですね。最近は日本の周辺海域を国籍不明の潜水艦がかなり多く出没しているようですが、中国は新型の攻撃潜水艦093を開発中で、これは米空母を攻撃する能力を持つものだといいます。

先月、63回目の終戦の日を迎えました。1945年8月15日、昭和天皇が国民にポツダム宣言受諾を告げ、3年8カ月に及ぶ米国との戦争が終わりました。が、日本が世界の戦争に突入したのは日露戦争からですね。 日露戦争以来、多くの国民が軍部の指導者を支持し、熱狂的に戦いました。

負けたあとで犠牲者を装うのは卑怯であり、戦後になって平和主義を標榜する朝日など多くの新聞も、学者も戦争中は積極的に国民を煽りました。 「負けると分かっていた戦争を始めた責任」を問う人がいますが、勝っても負けても戦争とは殺し合いです。美化することは出来ません。戦後、日本は二度と戦争をすることがないように政府も国民も心掛けています。今から考えると、日本は愚かな戦争をしたとも言えますが、時の趨勢、時代背景を考えたい。今の時代感覚で批判するのは簡単ですが、それは無責任。欧米列強の植民地化に怯えたアジアのなかで、日本は頑張りました。アジアではインドシナ半島はフランスに、インドネシアはオランダに、マレー半島や中国は英国に、フィリピンは米国にそれぞれ植民地化させられていました。このままではロシアの南下政策は避けられず、満州から朝鮮半島はロシアの影響下におかれ、遠からず日本はロシアの植民地にされる時代でした。

大事なことは、日本が敗戦を教訓に、国益を優先した外交を展開していくこと。生き馬の目を抜くような国際社会で、頑張って日本の国民と財産を守ってほしい。拉致被害者も取り戻せず、不法占拠された領土も取り戻せず、反省とお詫びばかり繰り返し、中国と韓国に遠慮はしてもきちんと主張しない。これでは日本は一国平和主義かと笑われてしまう。外交とはテーブルの上では握手しながら、その下では拳を握るというくらい、したたかにやるものらしい。そして、実を取る。まともな話が通じない国の政府に対して、日本政府は無視をしていれば良い。そのうち、日本の支援がほしかったら相手からすり寄ってくるでしょう。

韓国は今年1月から7月までの累積対日貿易が約2兆2250億円と発表。このペースで行けば、通年で昨年の約3兆3040億円を超え、過去最高の赤字幅を記録。これは、韓国が完成品を生産する場合でも、原料と部品を主に日本から輸入していることが背景にあります。日本から輸入をしないと貿易ができないのです。したがって、対日貿易赤字を削減する対策はない状況だそうです。韓国は1年以内に外国に返済しなければならない短期対外債務が20兆円以上!というわけで、激しく反日活動をしている韓国でさえ、すり寄ってくると思いますよ。

大化の改新以降、歴史の断絶のない日本。一方、一つの王朝が終わると、前の王朝の歴史を全て壊してきた中国。今の中華人民共和国も過去を全て根こそぎ破壊してきた共産主義国家。だから中国には仏像も歴史書もほとんど残っていませんね。ヨーロッパには古代史はありません。ギリシャ・ローマの古代帝国が崩壊したあと、地中海はアラブ人が支配。現在のヨーロッパ諸国の始まりは12世紀以降ですね。このように現代のギリシャ人が古代のギリシャ人と関係がないように、現代の中国と古代中国とはあまり関係ない。今の中国、人権問題で漢民族と少数民族のことがよく報道されていますが、漢民族が支配したのは明と現在ぐらいでしょうかね。他民族から支配されてきた歴史の方が長い。それに比べて私たちは、誇れる悠久の歴史を持った日本に生まれました。祖先に感謝したいですね。

日露戦争の時に、ロシアのコサック騎兵を迎撃する秋山好古将軍は、日本騎兵はコサック騎兵に勝ち目はないと判断し、機関銃でコサック兵を撃つ戦法をとりました。姉川の合戦で、武田の騎馬軍団を織田の鉄砲隊が破ったことを思い出しますね。信長同様、秋山好古の発想は素晴らしいものでした。もし日本がロシアに負けていたら、日本はロシアの植民地になっていたことでしょう。

また、下瀬雅充海軍技師が発明した「下瀬火薬」という新型火薬と、同氏が開発した砲弾が魚雷式になっていた「伊集院信管」、木村駿吉の発明した「無線電信」なども日露戦争の勝因の一つと言われています。日本の科学技術力がいかに向上していたかが分かりますね。

3月に、占領下の昭和24年に出された国公立小中学校の靖国神社訪問などを禁じた「文部事務次官通達」をめぐり、教育委員会の一部で「今も効力を持っている」と誤解されている問題で、渡海紀三朗文部科学相(当時)は、参院文教科学委員会で同通達が「既に失効している」と明言。これで、児童生徒の靖国神社訪問や、戦没者追悼行事への参加の障害がなくなりました。靖国神社などをほかの神社と異なる扱いにしないということでしょう。 学校が主催して靖国神社や護国神社を訪問することを禁止する「昭和24年文部次官通達」が戦後半世紀以上、学校現場を拘束してきたことを、改めて考えさせられました。占領下を思わせる文言の残る事務次官通達・・・。 世界中が認めていることですが、国家のために尊い命を投げ出した人々に対し、国家は最高の栄誉をもって祀らねばならない。この普遍的なことを考えれば、靖国は政治から遠ざけなければなりません。まして、他国から内政干渉されることではありません。世界の常識です。靖国問題など本当は存在しません。朝日新聞問題と言った方が的を得ています。

「アジアの真実」より引用 抜粋 1985年まで、靖国神社の首相による参拝を問題視する外国は存在しませんでした。A級戦犯の合祀も旧連合国(戦勝国)は容認しており、数多くの外国人の要人も参拝しております。 ところが1985年8月7日、突如として朝日新聞が「特集・靖国問題 アジア諸国の目」と題してネガティブキャンペーンを展開し始めました。その中で「中国は靖国問題について日本の動きを注視している」と報じました。しかしながら当時の中国のマスコミをあさっても、そのような動きはまったく存在していませんでした。 この朝日新聞の記事に呼応して、人民日報は8月11日、日本国内に首相の靖国参拝に批判的な動きがあると報じ、続いて8月14日に中国政府スポークスマンは中曽根首相の靖国参拝はアジアの隣人の感情を傷つけると正式な反対表明を行いました。 こうして中国その後20年間有効となる靖国神社批判という外交カードを手に入れることとなったのです(韓国はその後便乗しました)。そのきっかけを作り、手助けしたのは紛れもなく朝日新聞でした。 捏造された従軍慰安婦問題を作り出し、南京事件を煽り、そして靖国問題という歴史カードまで作り出した朝日新聞。この国が抱える主たる問題を作り出してきたこの新聞社はまさに大罪を犯しています。

円高で海外旅行が身近になった1990年代以降、修学旅行先に中国や韓国を選ぶ学校が急増しましたね。文部科学省によると2006年度に中韓を訪れた中学は28校(2149人)、高校は324校(4万309人)に上ったそうです。なかには南京大虐殺記念館や盧溝橋抗日戦争記念館などの反日プロパガンダ施設をコースに含む学校も! その旧日本軍の残虐行為をアピールする中国の南京大虐殺記念館の一隅には、日本から修学旅行で訪れた高校生らが贈った多数の千羽鶴が飾られていたそうです。日教組先生は、こんなことま生徒に強要していたのです。そして、靖国参拝には猛反対・・・それでも日本人なのでしょうか? そういう人は、オリンピックでも日本人選手を応援などしないのでしょうね。世界市民なのだから(苦笑) しかし、多くの日本人は違う。自然に湧き出る感情に素直です。それが健全なナショナリズムであり、万国共通のもの。

中国共産党政府の政治的宣伝の場に生徒を誘導し、反国家的教育。平和教育などの大義名分で特定の傾斜を持った歴史観を強要。祖国への自信や誇りを持たせないようにする教育がいまだにまかり通っています。自国や他国の国旗・国歌に敬意を示すことができない児童生徒がこうして誕生していくのでしょうか。

1999年には、(卒業式の国旗国歌問題で校長が自殺した)広島県立世羅高校で、生徒が韓国の独立運動記念公園で謝罪文を朗読しました。

日本の旧社会党議員の資金援助を得て1985年に開館したという中国の南京大虐殺記念館。入り口付近の石壁に犠牲者数が30万人とする数字が刻まれているそうです。「30万人虐殺」説は、日本側の実証的な研究によって否定されています。言うまでもなく、あの武器では30万人は無理。人口調査でも無理。時間的にも無理。原爆により広島と長崎で命を落とした人の数を思えば分かることですね。

それより、中国人を一番多く殺したのは毛沢東の中国共産党です。作家ユン・チアンとイギリス人歴史学者夫妻が2005年に発表した毛沢東の伝記「マオ」によりますと、文化大革命で6000万人の人民を虐殺したそうです。朝日新聞の「知恵蔵」では2000万人だそうですが、それでも驚愕の数字! こんな中国共産党に、靖国で内政干渉されなければならない理由はありません。内政干渉するな、とは中国の十八番でしたね(苦笑) 中国共産党政府は、反日政策によって自国の悪事を覆い隠してきたわけです。

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日本映画「南京の真実」

南京事件70年、記念館再オープン
日経ネット 2007.12.13

 旧日本軍の南京占領から70年に当たる13日、同市で改装した「南京大虐殺記念館」がオープンした。中国共産党・政府は開所式などで改善傾向にある対日関係に配慮した対応を見せたが、館内には犠牲者数「30万人」を強調する掲示が目立ち、真偽を疑問視されている写真を使用するなど、日中の火種としてくすぶりそうな展示内容がある。

 記念館は戦後の日中関係を紹介するコーナーで、日本の政府開発援助(ODA)を説明。党中央は記念式典に対外連絡部の副部長を派遣するにとどめた。

 ただ、日中間で争点となっている犠牲者数については、壁に中国語や日本語など12カ国語で「犠牲者300000」と刻んだ。6週間で30万人余りを殺害するには12秒に1人の命が消える計算になることから、入り口のホールでは12秒ごとに鐘の音が響く。

12秒に1人殺害ですか。日本軍はそんなに強かったのか! 神技ですね~ 大量破壊兵器も使わず、短期間で30万人も殺すことができたとは信じ難い。当時のの南京の人口は20万人だったのに、どうやって30万人も殺せたんでしょうか。しかも陥落後、すぐにまた人口は元にもどってます。この人口調査は欧米人ですから公平なもの。誰が聞いても中国の嘘は見抜けるというものです。そんな式典に日本の関係者約400人が参加したんですね。不思議な国ニッポンです。おまけに民主党議員が国会を放り出して50人近く訪中しても何ら成果がなかったわけで、まさに中国は微笑外交をしてます。

当時こんなすごい虐殺事件があったのに欧米の記者も報道してませんし、蒋介石も国際連盟に日本を訴えてません。蒋介石は南京陥落からの11か月間、300回の記者会見を開いている中で、「北京で日本がこんなことやった」「あれやった、これやった」と、いろいろ言ってますが、南京のことを言ったことは一度もない。毎日、国際ジャーナリズムを相手に、記者会見を11か月間やって、たった一言も南京事件の大虐殺のことを言ったことがない。つまり、あとになって行った蒋介石の宣伝工作から南京大虐殺は始まったのです。だから、虐殺されたとする数字がどんどん増えたりして変わってきたのでしょう。元々が虚偽から始まったことだからです。日本でも、昭和46年に朝日新聞が「中国の旅」という連載を始めるまでは、ほとんど報道されることはありませんでした。中国でも戦後長い間、南京事件が持ち出されることはありませんでした。毛沢東も大虐殺のことは口にしませんでした。中国が日本に対する外交カードとして南京事件を言い立てたのは、鄧小平が実権を握った昭和50年代後半以降です。

終戦時に中国の国民党が発表した死者数は130万人でしたが、現在では死傷者は3500万人にまで増えているお国柄。まともに相手に出来ません。しかし、中国の欧米における反日宣伝活動を見過ごすわけにはいきません。チャイナロビーが米国の政界や財界、大学の中にまで広がっています。第二次大戦中の旧日本軍の慰安婦問題で日本政府の対応を非難する決議が13日午後、フランスのストラスブールで開かれたEUの欧州議会本会議で採択されたばかり。この夏に米下院で採択された慰安婦決議と同様、法的拘束力はないようですが、日本が今までのように沈黙を守っていて良いものかどうか。今後も中国の反日工作は欧米において加速するでしょう。宣伝効果が高いからです。

日本政府は1951年のサンフランシスコ講和条約や2国間の取り決めで補償問題は決着済みとの立場だったのですが、慰安婦問題が外交問題に発展したため、1993年に旧日本軍の強制性を認めた河野洋平官房長官談話を発表。1995年に元慰安婦らの支援を目的にした「アジア女性基金」を設立、今年3月に韓国、台湾、フィリピン、オランダ、インドネシアの364人に対する「償い事業」を終了しています。

日本国内においても、戦後レジームのせいで中韓に味方する組織が根強く運動を展開してますね。マスメディアも然り。不思議の国ニッポンです。東京裁判・サンフランシスコ条約を受け入れて国際復帰を果たした日本、それは敗戦国のとった生きる道でしたが、その後の舵取りがパール判事が疑問を抱いたように「反省の仕方」に問題があったと思えます。謝罪と莫大な賠償金。いみじくも米国と中国の要人達が言い得たように「日本には経済大国であり続けてもらい、その金は両国で使う」。何とお人好しニッポンであることか。しかし、立花隆氏などは、それで平和を維持出来るなら良いと豪語してます。果たして、どうなのでしょうか?

一方、「大虐殺はなかった」との立場から日本映画「南京の真実(The Truth of Nanking)」を製作しているのが水島総氏。彼は監督・脚本を担当したチャンネル桜の社長です。「南京の真実」を始めとする三部作の制作費として、支援者約5000人から約2億円の寄付が寄せられたといいます。水島監督は「中国政府のプロパガンダや反日教育の嘘を教えることは、糾弾されるべきだと思う」「南京大虐殺は、米国が広島や長崎への原爆投下など自国の戦時中の行為を無視して日本を非難するための口実だった」と主張。水島監督の勇気に対して敬意を表したいと思います。

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河野洋平衆院議長の非礼なふるまい

日本の加害責任強調 全国戦没者追悼式で衆参両院議長
産経新聞 2007/08/15

15日に開かれた全国戦没者追悼式では、衆参両院議長から、先の大戦における日本の加害責任を強調する発言が相次いだ。 河野洋平衆院議長は「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、今もなお苦しんでいる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申しあげたい」と述べた。慰安婦問題が念頭にあるとみられる。また、「(私たちは)海外での武力行使を自ら禁じた、日本国憲法に象徴される新しいレジームを選択し今日まで歩んできた」と指摘。「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍晋三首相を皮肉った。 一方、江田五月参院議長は「先の大戦では、わが国の侵略行為と植民地支配により、アジア諸国をはじめとする多くの人々に多大な苦しみを与えた」とあいさつした。

TBSの「朝ズバッ」で、コメンテーターの人に産経新聞の名物記者と言われた阿比留瑠比(あびる るい)さん、彼のブログ「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」で、終戦の日に東京・北の丸公園で開かれた全国戦没者追悼式での河野洋平衆院議長のあいさつ文を読みました。まさに、先の大戦での日本の加害責任を強調し、戦没者遺族に説教するような内容と、安倍首相の「戦後レジームからの脱却」を皮肉るような「新しいレジーム」という言葉を使用しました。阿比留さんは、「こんな人を3権の長として奉っているわが国の不幸に今更ながらに気分が暗くなります。」と嘆いています。


阿比留瑠比さんのブログ「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」

[全国戦没者追悼式での河野洋平衆院議長のあいさつ文より一部抜粋]

わが国の軍靴に踏みにじられ、戦火に巻き込まれたアジア近隣諸国の方々にとっても、あるいは真珠湾攻撃以降、わが国と戦って生命を落とされた連合国軍将兵にとっても同じ悲しみであることを私たちは胸に刻まなければなりません。また私は、日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、心身に深い傷を負い、今もなお苦しんでおられる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げたいと思います。
私たち日本国民が、62年前のあまりに大きな犠牲を前にして誓ったのは「決して過ちを繰り返さない」ということでした。そのために、私たち一人一人が自らの生き方を自由に決められるような社会を目ざし、また、海外での武力行使を自ら禁じた、「日本国憲法」に象徴される新しいレジームを選択して今日まで歩んでまいりました。


河野氏は、広島の原爆慰霊碑の碑文と同じ言葉で、日本国民は「過ちを繰り返さない」と述べています。いみじくもパール判事が言い得た言葉はこうです。

「この《過ちは繰返さぬ》という過ちは誰の行為をさしているのか。もちろん、日本人が日本人に謝っていることは明らかだ。それがどんな過ちなのか、わたくしは疑う。ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であり、その原爆を落した者は日本人でないことは明瞭である。落した者が責任の所在を明らかにして《二度と再びこの過ちは犯さぬ》というならうなずける。
 この過ちが、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために蒔いたものであることも明瞭だ。さらにアメリカは、ABCD包囲陣をつくり、日本を経済封鎖し、石油禁輸まで行って挑発した上、ハルノートを突きつけてきた。アメリカこそ開戦の責任者である。」


一方、江田五月参院議長の追悼の辞には、「先の大戦では、わが国の侵略行為と植民地支配により、アジア諸国をはじめとする多くの人々に多大な苦しみと悲しみを与えました。」という言葉があったそうです。江田氏は、北朝鮮の拉致実行犯、シン・グァンス元死刑囚の釈放嘆願書に署名した人ですね。江田氏といい、河野氏といい、社民党の議員としか思えません。ただ、安倍首相の追悼の辞にも「とりわけアジア諸国・・・」の台詞が出てきますし、安倍首相も村山談話と河野談話を踏襲していますから反論できませんね。追悼の辞が、もはや特定アジア等に聞かせるためのものになっているみたいで、むなしいです。阿比留氏によりますと、「安倍首相があいまい戦術を取っているのは、拉致問題前進について中国の協力を得るためだと聞いています。」ということですが。

日韓併合は、当時の国際社会の主要メンバーがみな事前に承諾し、米英のマスコミさえも大賛成したのでした。朝鮮日報(2006/10/31 )にも書かれていますように、米国大統領セオドア・ルーズベルトは周囲に次のような書簡を送っています。
「わたしは日本が韓国を手に入れるところを見たい。日本はロシアに対する歯止めの役割を果たすことになり、これまでの態度を見ても日本にはそうなる資格がある」、 「韓国はこれまで自分を守るためにこぶしを振り上げることすらできていない。友情とは、ギブアンドテイクが成り立たなければならない。」
今の時代感覚で当時のことを語ると、欧米列強は日本以上の侵略行為をしていました。当時の世界情勢を抜きにして日本だけが悪かったような史観は認められません。日本は不法に満州に入ったわけではありません(ポーツマス条約)。
野党のみならず、自民党内にも河野氏のように歴史を直視せず、日本を貶める議員がいることに憤りを感じます。特に今、むなしい気持ちです。

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被爆を政治闘争に利用してきた左翼

安倍おろしを喜々としてやってる感じのマスメディア!
「原爆投下はしょうがない」発言の久間批判に明け暮れる野党や左翼は、よりどころとする東京裁判史観を自ら否定している矛盾をどう説明するのでしょうね。日本は戦争で悪い事をしたのだから原爆は当然の報いと洗脳してきたGHQ日教組など、久間発言を糾弾できないはずです。久間氏の発言と左翼思想の根底は同じだからです。ダブルスタンダードの極みというか、野党が右翼になったような(苦笑)

「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)が1日に開いた政権公約(マニフェスト)検証大会で、民主党の小沢代表の言う通り米国も非難されるべきだと考えるのなら、それは日本が一方的に戦争責任を認めたサンフランシスコ条約を否定することにほかなりません。しかし、日本人の誰一人として「日本が悪で、連合軍が善」とする世界史の通念に挑戦した過去など一度もありませんでした。米国に向かって原爆投下を謝罪しろとか賠償しろと言った人はいませんね。

元長崎市の市長だった本島等氏は原爆投下は正しかったと言ってました。
長崎市の田上市長は3日、直接抗議するため上京し、久間氏と面談。その場で被爆者に直接会って謝罪する話を持ち出しました。本島前市長がどんな思想を持っているか紹介せずに、久間発言に対する簡単なコメントだけ載せるマスコミも不可解ですね。長崎や広島の市長さんは、どなたも本島さんと同じような傾向の方々だったと思いますが。

本島等・前長崎市長の発言

産経新聞/政治部首相官邸担当
阿比留瑠比さんのブログ 「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」より2007/07/04

平成10年、産経新聞が本島等・前長崎市長に対して行ったインタビューの要旨は次の通り。

 --米国による広島、長崎への原爆投下についてどう考えているか
 「米国やアジア太平洋諸国は原爆投下を『正しかった』『天罰だ』『救世主だった』と思っている。確かに、日本がアジア太平洋戦争などで行った数々の悪魔の所業を思うと、原爆投下は仕方なかった、やむを得なかった、と言わざるを得ない。東京大空襲や沖縄戦も同じだ」

 --日本の行為の報いとして、原爆投下や東京大空襲、沖縄戦で多数の一般市民が殺されたということか
 「因果応報的であらっぽい考えといわれるかもしれないが、日本が戦争を仕掛けたときから、昭和天皇をはじめとする指導者はどういう報復があるか分かっていたはずだ」

 --原爆や空襲、沖縄戦の犠牲者に責任があるのか
 「戦争責任は昭和天皇をはじめとする戦争指導者だけでなく、マスコミにあおられて狂信的に戦争を進めた一般民衆にもある。全国民を裁くわけにはいかないので、東京裁判で指導者が裁かれた」

 --日本の「悪魔の所業」とは具体的に何を指すのか
 「条約を踏みにじって奇襲攻撃を仕掛けた日清・日露戦争やアジア太平洋戦争で行われた化学兵器、生物兵器を使った大量虐殺。例えば、南京大虐殺、三光作戦、七三一部隊だ」

 --核兵器の使用は非人道的とは思わないか
 「一九九六年(平成八年)に国際司法裁判所は核兵器の使用を『一般的には違法』と判断したが、それまでは規定はなかった。当時の原爆は今の核兵器と比べれば、おもちゃのようなもので、通常兵器と変わらない。原爆による死を残酷だというが、南京大虐殺や三光作戦による死もすさまじい。書物によると、中国で日本軍に殺された人は一千万から千五百万人、インドネシアでは四百万人、フィリピンでは百十万人。原爆や空襲犠牲者の数とは比べものにならない」

 --被爆者や遺族をはじめとして、世論は反発するのではないか
 「自分の信念を言っているだけだ。世界の人々の共感が得られない原爆観、戦争観ではだめだ、と訴えたい。近く論文にまとめたい」

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広島平和文化センター理事長はアメリカ人!

広島の原爆資料館を運営する広島平和文化センターの理事長がスティーブン・リーパーというアメリカ人であることをご存知ですか? 旧社会党議員から広島市長になった広島市長(秋葉忠利氏)の依頼で、この4月23日に就任しました。ちなみに、前任者の斎藤忠臣氏は、朝日新聞記者として核廃絶への道筋を探る長期キャンペーンに取り組んできた人です。彼は、「めざすべきは、国益を守ることを通して『国民』を守るという安全保障の発想から脱却し、人々を貧困や飢餓などの脅威から守ることで紛争を防止し、平和な世界をつくる『人間の安全保障』の浸透です。」と語りました(「asahi.com 」より引用)。国益(国民の生命と財産)を守ることより、世界平和優先しようと訴えています。何と心地良い響きの理想的な志であろうか! 反日的な朝日新聞と同じではないか・・・。共産中国が核兵器を黙って手放すことなど有り得ないでしょうに。

さて、新任のリーパー理事長は 、5月30日、原爆資料館の展示内容を見直す検討委員会に、中国、韓国人らアジア出身の委員を起用する方針を 明らかにしました。中国新聞のインタビューに、「原爆投下を『日本の植民地支配から解放した』と肯定する考えが根強いアジアの声に触れながら議論を深め、多民族が共感、納得できる施設にしたい」と述べたのです。中国は世界で唯一、軍縮の流れに逆らって膨張を続ける軍事独裁国家です。その国で洗脳された中国人を委員にして、その声を聞いても意味のないことです。中国以外の国々が核兵器廃絶に向かうことには大賛成でしょう(苦笑) 共産圏でないのに和解出来ない不思議な国韓国も、手のつけようのない反日国家です。中国も韓国も「和解」が通じる国柄でしょうか? 原爆投下をした米国の人が理事長になり、中国や韓国の人が委員になることで、日本から世界に核廃絶を訴える効果が上がると考えたようですが、米国は世界一の軍事力を誇る核保有国であり、中国と韓国の政府は日本に同調するような意見を発したら大変な目に遭う国です。こういう特定の主張を持つ両国の人間だけで委員を固めることで、多民族が共感し納得できる筈がありません。各国の人を委員にして平和について考えるというなら、中韓にこだわってはいけない。台湾、インド、マレーシア、インドネシア、ミャンマーなど大東亜戦争に関わった国から一人ずつ選ぶのが良い。そうでなかったら、リーパー理事長の発言が、原爆投下はアジアの諸国民を『日本の植民地支配から解放した』から正しかったのだと言ってるように誤解されます。原爆を投下し、それを正当化するような国の輩がどうして原爆資料館の理事長なのかと不審を持たれることでしょう。銀行強盗に防犯協会の会長をさせるようなものだと言ってるサイトさえあります(笑)

「眠れないことなど全くなかった」「後悔に1分たりとも時間を費やすな」
「歴史における最も偉大な出来事だ。後悔の念は全くない。かけらほども」
 

原爆投下を決定したトルーマン米大統領の言葉です。戦後何回も尋ねられても、原爆投下について少しも後悔の念を見せませんでした。難しい決断だったかと聞かれ「とんでもない、こんな調子で決めた」と指をパチンと鳴らしたそうです。トルーマンは熟睡出来たかもしれませんが、人類は60年もの間、悪夢を強いられてきました。彼は、日本が軍事的に敗北し戦争終結を望んでいると知りながら原爆投下を命じました。実際には、非公式な場所では、良心の呵責に苦しめられていることを周囲の人や身内の人たちに洩らしていたようですが。アイゼンハワーやマッカーサーらを含む大勢が、道徳に反し軍事的に不要だったとして嘆きましたね。ジョン・F・ケネディ政権で国防長官だったマクナマラ氏は、「勝ったから許されるのか? 私もルメイも戦争犯罪を行ったんだ」と告白しています。また、米国で、「核を朝鮮戦争で使うかどうか」という議論があった時、アジアで三発目を使うのはどうか、国際世論が許さないのではないか、という議論になったそうですが、やはり日本が白人の国だったら原爆は落とさなかったであろうという想像がつきます。

私は、妹が広島に住んでいたことがありますので平和記念公園を何度も訪れたことがあります。原爆死没者慰霊碑の「過ちは繰り返しませぬから」という碑文は、日本の誤った戦争が原爆の悲劇をもたらしたという認識が、我が国民に強かったことを意味しています。同時に、史上最大級の戦争犯罪を犯した米国にも向けらた言葉だと理解してます。そして、全世界の皆さんにも読んでもらいたい言葉(知ってほしい真実)です。

資料館展示見直しに中韓の声
中国新聞 2007.5.31

原爆資料館(広島市中区)を運営する広島平和文化センターのスティーブン・リーパー理事長は30日、館の展示内容を見直す検討委員会に、中国、韓国人らアジア出身の委員を起用する方針を明らかにした。リーパー理事長は中国新聞のインタビューに、「原爆投下を『日本の植民地支配から解放した』と肯定する考えが根強いアジアの声に触れながら議論を深め、多民族が共感、納得できる施設にしたい」と述べた。

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ドイツとは対照的に誠実で几帳面な賠償を実行

ドイツ旧ナチス時代の強制労働被害者への補償を目的とする財団「記憶・責任・未来」は今月11日、被害者に支払いを予定していた約43億7300万ユーロ(約7104億円)をすべて払い終えたと発表しました。


ドイツの「個人補償」と日本の「国家賠償」を比較して、「日本人は過去の歴史をちゃんと反省していない、それにひきかえドイツは」という人がいますが、ユダヤ人600万人虐殺などというような犯罪を日本は犯してはいませんから、補償金額の多寡を比較すること自体、無意味なことです。


それどころか、第1次大戦後のパリ平和会議において、日本代表の牧野伸顕は、 世界史上初めて国際規約のなかに、「人種平等。人種差別撤廃条項」を盛り込むこと を提案しました。採決で、17対11で多数を得たのですが、議長のアメリカ大統領 ウィルソンが、突如「こんな大事な問題は全員一致で決めるべきだ」などという理屈 にならない理屈で、この日本提案を葬ってしまったのでした。この精神に基づいて、ユダヤ人差別せず、 という方針が、ドイツと関係が密接になってからも確認され、満州では日本軍のバッ クアップのもとで「極東ユダヤ人大会」が1938年から3回にわたって開催されて います。そして有名な、杉原千畝の命のビザが6000人のユダヤ人の命を救うこと にもつながっていきます。彼が、政府の方針に抗してビザを発行したなどと言うのは、ウソです。もし、不当なビザだと政府が考 えていたとすれば、敦賀港に着いたユダヤ人は、入国を拒否されたでしょう。 そういう意味では、日本は決して「反ユダヤのナチスドイツ」の友好国だったわけではないのです。



戦争犯罪
とは戦闘の過程で、国際法で定められた戦争のルールを逸脱することです。ナチスの行為は戦争犯罪ではありません。ユダヤ人は元々、ドイツ国籍の人間であるにもかかわらず、ユダヤ人 種であるというだけで迫害、虐殺したのです。それは自国民をも対象にしていて、しかも戦争開始前からすでに始められていました。ナチス犯罪は戦争行為の逸脱ではなく、特定の人種の抹殺や奴隷化を目的として、戦力を阻害してまでも計画的、合理的に実行された国家犯罪なのです。正に特殊な犯罪です。米国にもイギリスにも日本にも収容所がありましたが、一民族を根絶するために収容所を作って、それを冷酷かつ合理的に運営した国はドイツの他には例がありません。

第二次世界大戦後のドイツでは、日本と同じように国家賠償という普通のやり方で、全ての片をつけたかったのですが、出来ない事情が二つありました。例えば、ドイツという国家が無くなってしまったからです。ドイツの場合、連合国との正式の講和条約はとうとう締結されないまま今日を迎えています。東西に分裂したドイツが統一するまで講和条約の締結を待つというのが表面上の理由ですが、実は冷戦の影響が大きい。東西両陣営とも、東と西の両ドイツに対する経済的圧迫を手控えざるを得なかったようです。また、ナチスの犯罪があまりにも巨悪なため、ドイツ人は一斉に自己防衛をした・・・ユダヤ人やジプシーなど「劣等民族」とし、地上から抹殺するという「他に比較する事が出来ないほどの深刻な犯罪」(ヴァイッゼッカー元西独大統領の言)を犯したからです。そこで個人賠償、これは戦後ドイツの苦肉の策なのでしょう。ナチスという全体主義体制の典型的な犯罪に限定して個人補償を実行してきました。少なくとも、日本は誰が見ても、ナチスような意味での犯罪者国家ではありませんでした。欧米帝国主義の国々同様の罪は犯しましたが。


ユダヤ人虐殺とは別に、ドイツにも戦争犯罪もあります。例えば、1944年、516万人のロシア兵が捕えられ、そのうち、47万3千人が処刑され、3百万人が捕虜収容所で餓死したという。これらは捕虜の不法処刑、虐待という戦争犯罪に属するものです。ナチス犯罪以外の賠償問題を、ドイツはうやむやのまま棚上げしてきました。


犠牲者個人に対する補償といえば、米国とカナダにおける日系人強制収容者への補償が行なわれましたね。米国では1990年10月を皮切りに、補償金の配布が実施されることが確約されました。10年以上に及ぶ日系アメリカ人の補償賠償運動の勝利でした。


ちなみに、ベトナム戦争の際、米国は北爆その他であれほどの大量破壊を繰り返しましたが、ベトナム側に賠償金を支払っていません。和平協定に先立って、北ベトナムは一切の賠償責任がアメリカ及びその傀儡者にあるとの態度を示したこともありましたが、結局、和平協定にはその問題は反映されませんでした。枯葉剤散布による出産障害などについてアメリカは被害者個人に対する賠償責任があることは明白ですが、無視したままです。米国は敗戦国なのに・・・。


これに対して、日本が第二次世界大戦後に行った戦争賠償および戦後補償は、日本と被害各国との間で条約・協定等が締結、履行された事と各地の軍事裁判で判決を受け入れたことで償われており、国際法上既に決着しています。つまり、敗戦国となった日本は、六年間の米国を始めとする連合国の占領期間を経た後、1951年(昭和26年)に、サンフランシスコ平和条約を結びました。連合国55か国中、48か国と講和を結び、多くの条約当事国は賠償請求権を放棄しました。この条約とそれとは別に個別の国々と結んだ協定(二国間協定)で、戦争で日本が与えた損害に対して賠償を行なう約束をし、戦後補償問題は決着しました。
日本が同条約に基づいて、戦後外国に支払った金と物は膨大なものであり、当時の金額で1兆300億円以上にのぼります。
その内訳は①賠償および無償経済協力(準賠償)、②賠償とは法的性格を異にするが戦後処理的性格を有する贈与・借款、軍需工場など日本国内の資本設備を、かつて日本が支配した国に移転、譲渡する「中間賠償」戦前、日本政府や企業、個人が海外に持っていた在外資産の諸外国への引き渡し、の四つから成ります。


「日本軍隊によって占領され、日本国によって損害を与えられた連合国」とは、フィリピン、ベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシア、豪州、オランダ、英国(香港、シンガポール)、米国(グアム、キスカ、アッツ)の9か国。この内、ラオス、カンボジア、豪州、オランダ、英国、米国は賠償請求権を放棄または行使しませんでしたが、ラオス、カンボジアとは経済・技術協力協定を結び賠償に代わる準賠償を行ってきました。またこの九か国以外でも、スイスやアルゼンチンなどには日本から受けた損害に対する賠償請求権が認めらました。



日本は海外で保有していた在外資産をすべて放棄しました。
満洲、朝鮮の鉄道、工場から中国大陸やアメリカで日本の企業や個人の保有していた建物、設備、預金まで全てがそれぞれの国に没収されました。その総額は1,111億ドル(1兆1千億円)。現在の価格に 直せば、50兆円は優に越える金額でしょう。この 多くの部分が、中国大陸にあったわけですので、中国に対しては、既に膨大な賠償を 支払っていると考えることもできます。満州にあった、日本の資産を侵略してきたソ 連軍は、徹底的に略奪没収して、国に持ち帰りました。工場の機械はおろか、釘一本 も残さず、などと形容されるくらい、共産ソ連の略奪はすさまじいものでした。中国 としては、自分がとるべきものと思っていたのですから、面白くないのは当然です。 後の中ソ対立の根はこんな所にもあったことは注目しておくべきです。


日本の交戦国は、共産中国ではなく中華民国だったのです が、その中華民国が賠償請求を放棄しているのに、その後継者として中国を代表して いる現中国が、賠償を放棄したのは全く当然のことです。しかし、この中国に対する 負い目から、日本は、準賠償とも言えるODA 援助をこれまでに、2兆8000億円も行っています。そのお金は結局、中国の核兵器開 発と軍備強化に使われ、チベット、ウィグル、蒙古その他、異民族支配、民族浄化、 虐殺に使われています。日本は謝罪し てない、償いをしていない、という誤った意識から、虐殺現行犯国家中国にとんでも ない人権弾圧支援をしてしまっているのです。


日本はサンフランシスコ条約に基づき、金銭ではなく「役務および生産物」を中心として賠償を行うことが認められました。これは発電所建設やダム建設、港湾建設、上水道建設、農業センター建設、船舶供与、トラック供与などを、技術を持った日本人が中心になって建設などを支援したり、生塵物を無償で経済協力することなどです。アジア諸国にとっては、経済発展していくために、これらの長期的資本投資の役割は大きく、役務賠償を受け取る国の経済発展と社会福祉の増進に極めて役立ちました。また、途上国に対する今日の経済協力の原形を成しました。
 その一方、この方式は、日本政府が日本企業に円を渡し、企業が発電所やダム、上水道の建設、トラックや船舶などを相手国に提供するやり方をとったので、日本にとっても多くの需要が生まれ、大きな経済効果となりました。役務賠償は結果的に日本企業にとって絶好の海外進出のチャンスになり、日本と相手国との経済関係や人的交流を深め、日本のアジア地域における経済的基盤を整えました。日本にとっては、国民の負担という面だけでなく、海外投資の役目も果たしてきたわけです。



日本が支払った賠償・準賠償は分割で支払っていますが、敗戦後の貧しい中、当時国民が一生懸命働いて膨大な賠償に応じてきました。
経済大国の日本ではなく、戦後のまだ貧しい時代に、時には国家予算の3割近くの賠償金を約束し、きちんと実行してきました。この姿勢は、ドイツとは対照的な誠実さと几帳面さです!



かつて植民地支配をおこなった国々・・・米国、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン、ポルトガル、ベルギーなど、それについて謝罪し賠償金まで支払った国は日本だけです。
1997年(平成9年)に行われた香港返還の例を見ても、アヘン戦争以来100年も続いた侵略、植民地支配を英国は決して謝罪せず、一銭の補償金も支払いませんでしたが、中国政府も敢えて要求しませんでした。



戦争責任においても、ナチスの犯罪はヒットラー個人の罪で、ドイツ民族の罪ではないという主張はやや強引です。1937年の正規の国会選挙で得票率37.4%をとって第一党となり、世論の支持のもとに合法的に権力についたのです。さらに戦後作られたナチ協力者のリストは、1200万人にものぼりました。当時の映像が残っていますが、ヒットラーの演説に聴衆が熱狂的に拍手を送っていました。朝日新聞など、日本とドイツの戦後賠償や謝罪について比較しては、ドイツを褒め、日本の批判をしてますね。しかし、ドイツはユダヤ人に誠実に謝罪はしてません。ナチスのせいにしただけです。ユダヤ人に聞いてみたら分かると思います。

近隣諸国との関係を語る際、今なお「過去」の清算の不十分さが指摘される日本は、ドイツとの差が大きく、それが外交基盤の強弱につながっている・・・という朝日新聞の指摘は、事実も論理も転倒しています。ドイツは優れた外交能力で、EUやNATOでリーダーシップをとり、過去の清算の不十分さをカバーしつつ、近隣諸国との関係を築いてきました。逆に日本は謝罪外交、ばらまき外交しかできず、せっかくの十分な過去の清算努力を無にして、一部の近隣諸国につけいられる隙を与えているのです。日本はドイツの外交を見習って、その不徹底な「過去の清算」ぶりは見習うべきではないのです。両国の「過去」は本質的に異なるからです。

 <ナチス強制労働>被害者に補償金を完済 約7000億円
毎日新聞社 06月12日
【ベルリン小谷守彦】ドイツ旧ナチス時代の強制労働被害者への補償を目的とする財団「記憶・責任・未来」(本部ベルリン)は11日、被害者に支払いを予定していた約43億7300万ユーロ(約7104億円)をすべて払い終えたと発表した。00年8月設立の同財団は、翌年から旧東欧を中心に生存する強制労働の被害者に補償金を支払ってきた。補償金を受け取ったのは100カ国以上の約176万5000人に及ぶ。受給を歓迎する声がある一方で「支給が遅すぎた」との批判もある。

 補償は正式な損害賠償ではなく、道義的なものとされ、1人あたりの補償額は被害の種類に従って7500~2500ユーロに固定された。最高額の7500ユーロは、強制収容所で労働に従事させられた人々が対象となった。

 連邦議会と連邦参議院は00年7月、財団設立法を可決。90年代後半に、強制労働に関与したドイツ企業への集団訴訟が相次いだことが財団発足のきっかけだった。補償金の半分はドイツ政府が負担し、残りは被害者を働かせていたフォルクスワーゲン社やバイエル社など約6500の企業が負担した。

 補償金の完済は11日、財団理事会に報告された。12日にはベルリンの大統領府でケーラー大統領やメルケル首相が出席して完済を記念する式典が行われる。

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シーレーン防衛で一番重要な位置にある台湾

「共産党宣言」のなかの一句に、「プロレタリアは祖国を持たない」というのがあります。マルクスの着眼点は、プロレタリアの超国家性(国際性)にあったようです。反日的日本人たちは「亡国」を目指してるのではないでしょうか。日本なんて無くなってしまった方が良いと。あるいは、ほんとに小さな小さな目立たない国家が良いと(それはあり得ないのですが…侵略されちゃいますから)。また、彼らは、大国に侵略されても庶民は今の中国の人民のように結構幸せに暮らしていけるんだとか思っているようです。今の日本よりはずっと良いと思ってる。日本の江戸時代の庶民だって、結構幸せに暮らしていたとか言います。彼らは「国を売り渡す恐怖」に気づかねばならないのですが。民主党の憲法案には、中国や半島からの大量移民を奨励し、特定国への「日本の国家主権」を委譲する構想があります。「人権」といえば聞こえは良いのですが、日本人のための人権ではなさそうです。戦争をするまでもなく、日本は次第に「日本人」のものではなくなり、そして、その延長線上において、中華支配を許す土壌を作る、そんなふうにも読めます。

さて、コラムニストの勝谷誠彦氏の「勝谷誠彦の××な日々。」 の中でこう書いています。抜粋ですが。

イスラエルや中東のニュースを見ていて、あなたはいつもどこか遠い星の出来事のように思っていませんでしたか? 今や私たちこそがイスラエルになったんですよ。イスラエルは周囲すべてを敵意をもった国に囲まれています。日本も、北朝鮮のみならず韓国、中国といういわば潜在的な敵国に囲まれている。そしてその中の二つが核を持っているわけです。どこがイスラエルと違う状況なのでしょう。そう。イスラエルよりも実は危険な立場にいる日本。どうして核を持つという論議をしないでおれましょうや。いやおれない(反語・笑)。 加藤紘一さんはこう言った。「国際的に波紋を呼ぶ。自衛隊にはかなりの力がある。そこに核を持つ構想があるとなると、北朝鮮の核保有よりショッキングだ」。 でもね、この発言はいただけませんよ。カルト国家の狂人独裁者が振り回している核と、戦後60年間一発の弾も撃たず、輸出すらしてこなかった平和国家の与党政調会長が核武装の「論議を始める」ことに言及したことを同列にするとは、世界中から頭の中身を疑われますよ。もっとも、この加藤発言で、誰がいちばん日本の核武装を嫌がっているかがわかります。中国ですね。加藤さんは時に中国政府の代弁人ですから。 日本が核武装すると、台湾もすぐに追随するだろう。すると、台湾侵略は難しくなるわけで、中共政府としては嫌なわけです。もっと言うなら、中共の内部文書では、日本もやがて併呑していこうという思惑はミエミエですから、そのことも難しくなる。 そうだとわかると、ますますやりたくなりますね、核武装。わははは。 すぐにこうした反発が出るのでわかるように、口三味線の核武装だけでも、相当なインパクトと抑止力があるんですよ。 イスラエルは核を持っていると公言していません。でも世界中がそう思っている。思われていることで、充分に抑止力になっているんです。だから、日本国も論議を始めることで、その前段階的な効果がある。 準備を怠らないことです。確かに、今の核不拡散条約(NPT)のもとで核武装するなら、北朝鮮やイラクになってしまう。しかし、NPTそのものがどこまでもつかわからないわけです。それぞれが勝手に核武装する時代が来るかもしれない。 帰納的に考えるならば、核の拡散は更につづき、やがて「一家に一台」じゃないや「一国に一個は核」の時代がやってくるという結論になりませんか?それを人類の叡知だとか愛だとかで「人間の腐り」でも作って阻止できるならやっていただきたいが、あなたたちは一度も成功したことがないじゃないですか。

中国の戦略的な意図を知るべし
≪前原発言に足りないもの≫
【正論】中国軍事研究者・平松茂雄・産経新聞


 前原誠司民主党代表の米国と中国における発言が「中国脅威論」として問題になった。前原氏の発言をここで詳論することは避けるが、近年の中国の軍事力増強とそれを可能にしている軍事支出の増加の現実を指摘した。具体的には近年急速に現実となってきている東アジア周辺海域における中国の海洋活動、とくに南シナ海のシーレーンへの影響に関心を向け、米国で「現実的脅威」、中国で「日本国民は脅威と感じている」と率直に述べた。
 前原氏が持論とはいえ、民主党代表として、わが国にとって最も重要な「友好国家である」米国と中国で発言したことに敬意を表したい。だが、発言ではシーレーンのカナメの位置にある台湾の重要性について、何も言及されていないことに歯がゆさを覚える。

 中国の軍事力構築の目的は戦略的には米国だが、戦術的には台湾にある。中国は建国以来、米国に届く水爆弾頭搭載大陸間弾道ミサイル(ICBM)の保有を最大の国家目標に掲げ、国家の総力をあげてその開発に集中してきた。核兵器を頂点とする米国の世界支配体制に挑戦することが目的である。

 そして近年成功した有人宇宙船打ち上げによって、中国の目的はようやく達成されようとしている。

≪避けがたい軍事統一行動≫

 中国はそれほど遠くない将来、北京オリンピックと上海万博が終わった二〇一〇年代になると、台湾の軍事統一を断行する可能性が大きい。その場合、米国が台湾を軍事支援するならば、中国はワシントンやニューヨーク、あるいはロサンゼルスを核攻撃すると威嚇して、米国の台湾軍事支援を断念させるだろう。

 あるいは横須賀の米海軍基地から空母が出航したり、沖縄の米軍基地から攻撃機が出撃すれば、東京を核攻撃すると威嚇して、わが政府に手を引かせるであろう。そうなると間違いなく、わが国はパニックになる。

 昨年、中国軍の最高教育機関である国防大学の幹部が、米国が台湾に軍事介入するならば、中国は米国に数百発の核兵器で攻撃すると発言した。この発言に対して、中国軍の跳ね上がりの軍人の発言との見方があったようだが、見当違いもはなはだしい。彼の発言は少なくとも中共政権の総意である。

 中国は建国以来五十年間営々として米国に届く核兵器を開発してきたのだ。何のための米国に届く核兵器開発なのか。繰り返すが、米国を台湾から手を引かせるためである。それは五八年の金門砲撃以来の悲願である。それがようやく完成したのに、使わないとどうしていえるのか。使うために、攻撃すると威嚇して手を引かせるために作ってきたのだ。

≪目を向ける方向違う日本≫

 ではそこまでして台湾を軍事統一する目的は何か。それは東アジアに占める台湾の戦略的地政的位置にある。地図を見れば分かるように、台湾は東アジアの中枢を占める位置にある。

 台湾を支配するものは、南シナ海とその周辺の東南アジア諸国に影響力を行使することができる。南シナ海はバシー海峡で太平洋、マラッカ海峡でインド洋に繋がっており、中東と東アジア諸国を結ぶシーレーンが通っている。このシーレーンは米海軍により守られてきたが、台湾が中国に統一されると、中国はシーレーンを「人質」にとることができるようになる。

 さらに台湾は太平洋に面しているから、台湾を支配下に治めた中国は、これまでのように沖縄本島と宮古島の間の海域、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通ることなく、太平洋に直接出ることができる。二十世紀末までに中国の周辺海域での海洋活動は基本的に終わり、中国の関心は西太平洋あるいはインド洋に広がってきている。

 日本、台湾、フィリピン、カリマンタン島(ボルネオ)にいたる第一列島線が中国の強い影響下に入れば、朝鮮半島はおのずから中国の影響下に入る。

 こうした中国の海洋活動をみれば、中国の関心がどこにあるか分かるだろう。わが国では朝鮮半島や北朝鮮の動向に過敏に反応するが、肝心の台湾にはほとんど無関心である。前原氏の今回の発言も残念ながら台湾について何も触れていない。シーレーン防衛で一番重要な位置にあるのが台湾である。

 台湾を抜きにしてシーレーンはもとより東アジアの安全を語っても意味がない。わが国の政府もマスコミも国民も台湾にもっと関心を持つ必要がある。
 

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憲法と戦争

湾岸戦争でイラクがクウェートを侵略し、クウェートからイラクを追い出そうとする国連安保理の決議が大多数で通った時に、日本は自衛隊を出さず、そのかわりに130億ドルを拠出しましたが、「日本はカネだけで血を流さない」と、世界から批判を浴びました。戦争終結後、クウェート政府が世界の協力国の名前を読み上げて謝意を示した時、そこに日本の名前は入っていませんでした。それまでは国民は大多数が護憲でしたが、この時を境に改憲派が多くなってきたように思います。

日本国憲法はアメリカ占領軍のマッカーサーが作ったものです。第9条は、占領軍である米国の「日本を強くしたくない」という意図から、完全な非武装を前提としています。でも、日本は「天皇制の護持」のために(天皇を戦争犯罪人にしないように)憲法9条を受け入れました。

憲法を発布したときの首相である吉田茂は、戦後の経済復興を最優先とし、日米安保に依存した軽武装の路線を認めました。鳩山一郎や岸信介は自主憲法制定、対米自立を主張し、吉田茂を追放しました。
1955年に左右社会党が一緒になり、社会党の脅威に対抗するため、自由党と民主党が一緒になって自由民主党ができました(55年体制)。この時、綱領で憲法改正を謳いました。それ以来、自民党は憲法改正のために生まれたと言われてます。中曽根元総理は軍隊のない国なんてやっていけないと言いました。

憲法9条第1項に「国権の発動たる戦争を放棄する」、第2項に「国の交戦権は、これを認めない」・・・冷戦時代は、日本人の多くが米ソの大国同士の争いに巻き込まれるのはまっぴらだと思っていましたから都合の良い憲法でした。ところが、冷戦が終わり、日米の経済摩擦が起こり、米国から非難され、日本の自立意識が高まりました。1990年に湾岸戦争の時にも、クウェートからは感謝されず、米国からも「日本人は血を流すのは嫌なのか。みんなが血を流しているときに、カネで済ます気なのか」と言われ、初めて日本の中で国際貢献という概念が出てきました。宮沢内閣のときにPKO法案(国際平和協力法)が可決され、国連が行う人道的な国際救援活動には自衛隊を出そうという流れになりました。次に、1994年に北朝鮮が核兵器を開発しているということが発覚し、1995年には台湾独立の空気が高まり、中国は軍事演習と称して、台湾沿岸にミサイルを撃ちこみ、緊張が高まりました。この朝鮮危機台湾危機があり、日本も戦闘に巻き込まれることがあるかもしれない、独自に軍隊を持つべきだと、憲法改正の声が高まってきました。

そして、2001年9月11日の米国を襲った同時多発テロ。テロを指揮したと思われるアルカイダの指導者ビンラディンをかくまうイスラム原理主義タリバンを掃討するため、アフガニスタンを攻撃(アフガン戦争)。これまでは国対国の戦争でしたが、今や、どこでやられるか分からなくなりました。迎撃のしようがない戦争。日本はテロ特措法を作って、イージス艦を出しました。さらに、2003年にはイラク戦争が始まりました。アフガン戦争での自衛隊インド洋派遣、イラクへの自衛隊派遣は、いずれも特措法によるものです。特措法を作るということは解釈改憲をしているということで、やはりきちんと憲法を改正すべきだという意見が出てきました。

改憲か護憲かという世論調査では、改憲に一番反対の朝日新聞の調査で「改憲必要」という声が58%と、各紙の中で一番多かったので驚きました。しかし、同調査で興味深かったのは「改憲は必要でも、憲法9条を変えるのは反対」という意見が多かった点です。

私は、改憲に賛成ですが、あくまで自衛のための応戦までにとどめたいと思ってます。自衛隊は「専守防衛」に徹するということです。したがって、「国連安保理の決議が行われた場合、日本は国連の多国籍軍に参加することができる」とし、二度と戦争をしないように、慎重にいくつもの条件をつけて、歯止めをかけるべきだと思ってます。

当ブログ「核不要論」にも書きましたように、日本で核武装の論議が解禁されたこと自体は、日本の核武装を恐れる中国などに外交カードになりますが、現実に日本が独自に核兵器を持つことは政治的・外交的・経済的デメリットが多過ぎます。アルカイダを先制核攻撃で潰すと言っても、どこに向けて発射すれば良いのでしょう。まして、日本のように国土が狭く人口が密集している国は、核抑止力は薄いと思います。

中国の外相がヒトラーに例えて靖国参拝を批判したり、ロシア外務省の情報局長がプーチン大統領の訪日を前にロシア通信とのインタビューに応じ、北方領土問題を牽制するかのように「日本が過去の侵略を認めることが現実的な問題だ。中韓両国は日本指導部の公式謝罪を関係発展の条件とみなしている」と述べたり、仰天発言が多いですね。特に、ロシアにそんなことを言われたくないですよね。このように、日本は今もなお、中国やロシア、韓国、北朝鮮、米国(民主党議員など)から言いたい放題のことを言われて悔しい思いをしてます。領土問題でも歯がゆい思いばかりしています。しかし、そのようなことを言ってる国々はあまりにも好戦的なため、世界から最も嫌われている国々です。一方、日本は欧米の調査結果にも出ていますように、世界で最も信用されている国です。それは核兵器を持たず、侵略を絶対しないということにあると思います。世界一の軍事大国になっても米国のようにテロでやられ、いつもいつまでも戦争に明け暮れていなくてはならない。

また、米国の核の傘が今後も末永く存在するとしたら、日本はその下にいた方が良いのですが、この先その核の傘が失われる懸念があるわけです。しかし、対米従属できなくなった後に対する備えとして核を保有するとか軍事拡大いうのも間違っていると思います。もしかしたら、米国は日本を東アジアのイスラエルにしようとする時がくるかもしれないと考えるからです。中国が台湾に何らかの行動を起こすのは時間の問題です。そのあとは米軍基地の無くなった沖縄が心配です。一昨年、中国の国際問題専門誌・世界知識は、沖縄の日本帰属をめぐる歴史的経緯を紹介した専門家の論文を掲載。この中で、「戦後の日本による米国からの琉球接収は国際法上の根拠を欠き、その地位は未確定のままだ」と主張しました。第二次大戦後に他国へ何度となく軍事侵攻し、日本には核ミサイルの照準を合わせ、領海を侵犯してガス田を盗掘し尖閣諸島の侵略・・・それでも米国に中国を止める余力はありません。チベットも東トルキスタンも内モンゴルも中国のやりたい放題。でも、余力は無いけど米国は中国が世界の覇権を握るのは望んでいません。そこで、東アジアのことを日本に任せるかもしれません。その手に乗ってはイスラエルの悲劇と同じ目に遭うだけです。日本は同盟国の米国にも気をつけなければならないと思います。

最後に、日本に集団的自衛権が認められると、日本と同盟関係にある米国が攻撃された時に、日本が直接攻撃されていなくても反撃することになります。例えば、 「北朝鮮からミサイルが米国に向かって発射されたときに、集団的自衛権が行使できない日本は迎撃してはいけない。これでいいのか」と言われたら、どうでしょう? 迎撃ミサイルで撃ち落とした方が良いと答えるでしょうか? 北朝鮮からのミサイルが飛び立つ瞬間、できればその気配の段階で敵の動きを察知しなくては、成層圏のはるか彼方を飛んで米国に向かうミサイルを、日本上空で打ち落とせるものではないそうです。敵陣を攻撃するために、相手に気がつかれないF22ステルス戦闘機などで敵陣を攻撃できるようにしたいということは、北朝鮮に米国を攻撃する気配を感じた段階で日本が先制攻撃しないと間に合わないということです。したがって、集団的自衛権を認めることは先制攻撃をすることも想定しなくてはいけないことになりますね。すると、自衛ではなくなってしまいます。

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日露戦争の「もしも」

ゲストの画家の山口ももりさん

「『もし』って言う言葉は歴史には禁句らしいですが・・」

と、書き込みされていました。タブーなのは分かっていても、誰しも想像してしまいますよね(笑)
・もしも、あの時、信長が殺されていなかったら・・・
・もしも、坂本竜馬が生きてたら・・・
・もしも、インディアンが北アメリカを制覇していたら・・・

今から思えば、日本が日清・日露の戦争をしていなかったら良かったと思う人々がいるかもしれません。戦争は悪いことなのだから。まして、その二つの戦争に勝ったから、日本の近代は基本的な過ちを犯していくことになりますし。

では、日露戦争をしなかったら、どうなっていたでしょう。
そもそも、日露戦争は基本的には朝鮮半島問題をめぐる国際紛争でしたね。
その朝鮮に対して、清国が宗主国としていろいろ介入していました。それが怖くて、日本は日清戦争を起こし、勝利し、清朝は一応朝鮮から手を引きました。しかし、清朝の代わりにロシアが朝鮮に入って来ました。日本人にとって、清国より怖いロシア! 怖くて怖くてしようがなかったんだと思います。

今にして思えば、朝鮮半島を意識し過ぎたために、その後の日本は過ちを犯して行くことになったのだから、朝鮮半島など打ち捨てておけば良かったという考えも出てきます。しかし、朝鮮半島がロシアになることの恐怖は、今の私たちの想像以上にすごいものがあったと思ってあげないと、明治というは分かりにくいのです。

ロシアが、ずるずると朝鮮半島に南下してきて、ついには日本に進出してきても、我慢して戦争をしないでいることが出来るものでしょうか? 我慢すれば、国民的元気というものがなくなり、国家は消滅してしまうでしょう。当時は、明治になって(国民国家を持って)30余年経ったばかりです。この状況では、日露戦争は祖国防衛戦争であったと言えると思います。

日露戦争をしなかったら、あるいは日露戦争をしても負けていたら、日本は朝鮮半島と共にロシアに侵略されていたことでしょう。現在のような韓国の反日思想も、将軍さまも生まれません。東アジアはロシアと中国の共産主義国家が占め、米国は軍事基地も作れない。多くの日本人は共産党の粛清とやらで虐殺され、日本独自の文化なども消滅に近いのでしょう。共産主義者や朝日新聞の記者の方々、筑紫哲也をはじめとする昔ながらの有識者にとっては、望むところでしょうか。
ロシアだけでなく、当時の白人たちのアジア植民地主義は苛烈極まりないものでしたから、或いは、ほかの欧米の国々が参加して朝鮮半島と日本を分割したかもしれませんが。

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日米開戦から65年

第二次大戦末期の硫黄島での戦闘を描いた米映画が話題になってますが、折りしも昨日は太平洋戦争が始まった日でした。

硫黄島の戦いは、その後の沖縄戦とともに米軍の日本本土侵攻をためらわせた大きな要因の一つでもありました。
軍事学では「攻勢3倍の原則」と言って、攻める方は守る方の3倍の兵力を保持しなければ成功は難しいという考え方がありますが、米国の兵力は日本の3倍以上ありました。というより、米軍には無限と言ってもいい補給があるのに比べ、日本軍は完全に包囲され補給はほとんどありませんでした。当初米軍が攻略スケジュールを「5日間」と設定したのですが、実際には何と日本軍は36日間も粘って米軍のスケジュールを挫折させ、後の沖縄戦に海兵3個師団の参加を不可能にさせました。

さて、無謀ともいえる戦争になぜ日本は突入していったのでしょうか?
日本人の多くが、戦後の東京裁判で戦勝国側が描いた歴史観に立ち、いわゆる「A級戦犯」にそのすべての責任を帰そうとする傾向が強いですね。「軍部の独走」で全てを片づけようという見方も根強く残っています。あまりにも悲惨だった戦争経験がそうさせているのかもしれませんが、果たしてそれだけでいいのでしょうか。

開戦に至るまでの日本とそれを取り巻く国際環境には、実に複雑な状況が絡み合っていたことを、今の日本人で知っている人がどれほどいるでしょうか。当時の新聞や国民がヒトラーのドイツに強く共鳴していたことを、知っているのでしょうか。知れば、一般国民は受難者に過ぎない、という完全無罪論に疑問を持つことでしょう。
また、米国の日本軽視の甚だしさや中ソの策謀を考えると、日本の「反省」だけでは片付かないと思います。ジョージ・ケナンは、「我々は十年一日の如く…日本に嫌がらせをした」と書いてますね(『アメリカ外交50年』岩波書店)。

翻訳家で劇作家の福田恆存氏(当時30歳)でさえ、真珠湾攻撃のニュースを聞いたとき、「大手柄だ、これでうまくいくぞと思った」と、のちに語っていたそうです(「憲法のすべて」より)。特定の誰かがあのおぞましき開戦に踏み切ったかのように言い、日本人の手でその愚かな人間を罰する必要があるかのように言いつのる向きがありますが、福田氏でさえ一時的には日本の決断を支持していた時代ではあったのです。

戦争の最大の責任は、時の趨勢だったと思います。
戦後の研究者の多くが見逃しているのは、いかなる形であれ弱音ととられるような言葉を責任者が吐いてはならないということでした。中国からの撤兵を約束しないかぎり、米国に経済封鎖を解除させ、米国とのあいだに安定した長期にわたる平和を構築できないということは、特に海軍首脳陣は承知していたのでした。昭和16年10月の時点で、海軍統帥部の首脳、軍令部総長(永野修身)がアメリカとの戦いはさきを読むことができない、戦争は避けたいとはっきり言ったならば、対米戦争は起こりえなかったのです。首相の近衛文麿は、軍令部総長と海軍大臣が対米戦争を避けたいと願っていながら、それを口にだせない理由を察知していました。
明治憲法は閣僚平等主義を採用していて、首相とひとりひとりの閣僚は同格同等です。陸軍大臣が中国からの撤兵はできないと頑張りつづければ、近衛は閣内不統一の責めを負って、首相を辞めるほかありません。国家の存亡が懸かる大きな危機に直面し、このような争いが起きれば、最終的に天皇の裁定が必要となりますが、天皇に助言できるのは内大臣(木戸幸一)ただ1人です。木戸は、中国からの撤兵となれば、その戦いを拡大してしまった陸軍首脳の責を追及されるのを恐れて、中国撤兵の決意ができませんでした。
昭和天皇も、西園寺公望などの重臣たちも、そして海軍の主流も英米派でした。
陸軍の責任は重い。外務省のひ弱さ、政治の連帯無責任も大いに問題でした。こわもての陸軍に逆らえなかった報道機関も重罪です。では、一般国民はそのツケを払わされただけの存在だったのでしょうか? その方が気が楽ですが・・・。とてもそうは言えないと思いますよ。

防共協定から2年足らずの1913年8月、ヒトラー・ユーゲントの30人が訪日、3カ月の滞在で「大日本少年団」などと交流しました。日本側は熱烈歓迎。同じころ、日米学生会議も日本で開かれ、それも報道されましたが、熱意には雲泥の差があったそうです。
張り切ったのは『朝日新聞』で、紙面以外でも、一行到着直後の『アサヒグラフ』は「盟邦の青春部隊ヒットラー・ユーゲント-上陸第一日」を特集、「ハイル・ヒトラー」を叫ぶ団員をたっぷり紹介。日比谷公会堂で「ヒトラー・ユーゲント歓迎講演会」も主催した(文部省後援)。陸軍は喜びました。『朝日』も楽しみました。
北原白秋は「大日本聯合青年團」の委嘱で『萬歳ヒットラー・ユーゲント』を作詞しました。全体で4番まであるその2番は、「聴けわが歡呼を/ハーケン・クロイツ/響けよその旗、この風、この夏/防共ひとたび君我誓はば/正大為(な)すあり世紀の進展/萬歳、ヒットラー・ユーゲント/萬歳、ナチス」。初演歌手は藤原義江。当時の白秋はすでに日本国家主義に傾斜していました。その立場から白秋は政治色濃厚な両国青少年組織の交流に心底から共鳴し、「快然」としてこの作詞を残したのです。
このように新聞が国民の意識を歪めたことも確かですが、それが全てではなく、国民はただ受難者だったわけではなく、かなり時代思潮に共鳴していました。地位により責任の軽重には差があるかもしれませんが、一般国民完全無罪論はおかしい。国民のナチス熱狂は不問でよいのでしょうか。ドイツは「集団責罪否定論」ですね。あれほどヒトラーに熱狂的に拍手を送っていたのに、ナチス党だけのせいにしました。

戦時中、チャーチル英首相が日本に名誉を残す形での戦争終結を提案した時、ローズベルト米大統領は日本には(真珠湾攻撃の後では)残さるべき名誉はもうない、と言ったそうです。

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