カテゴリー「ドイツ」の4件の記事

教育と防衛

最近の学校に対する親のクレームがあまりにも非常識なことに呆れるばかりです。団塊の世代が育てた子供が親になって(団塊の世代二世)、学校にトンデモナイ苦情を寄せているわけです。また、払えるのに給食費未納、医療費未納も然り。親の教育が必要だとも言われている始末。こういう人間が増えるのは、教育のせいばかりとは言えませんが、私は、祖国に誇りも自信も持たせなかった戦後教育に少なからず原因があると思っています。親や教師は友達ではありませんし、先人を敬う気持ちも失くしてはいけません。祖国の悪い面だけ強調して教え反省ばかりさせ、良い面はほとんど記述してない歴史教科書・・・そんな国があるでしょうか?

松原久子著「驕れる白人と闘うための日本近代史(文芸春秋)」は、欧米人を相手にドイツ語で書かれ、そして1989年、冷戦終了数週間前の時期にミュンヘンで出版された本ですが、欧米人の「優越意識」に決然と闘いを挑んだ書、大変物議をかもしました。「江戸時代は3000万人の人口を平等・幸福に存続させていくエコロジカルで優れた社会システムがあった。そして、日本は開国の時にはこれに対応できる社会体制も整っていた。」
寺子屋の普及や今日で言う通信教育が行われていた江戸時代・日本は世界でもっとも識字率が高く、また、都市では農業とのリサイクルが行われ、そのため都市は世界でもっとも清潔であったことなども書かれています。

以下、訳者・田中敏氏 「まえがき」より

本書は、松原久子氏の「Raumshriff Japan」(宇宙船 日本)Albrecht Knaus 社、ミュンヘン、の邦訳である。原著は著者がドイツ人に向けてドイツ語で日本を語り、ドイツで出版したものである。

氏は「言上げせよ日本」という。その意味は、日本の(伝統)文化の紹介ではない。「言葉による自国の防衛」である。白人は日本の伝統文化の紹介は歓迎するが、このような発言にたいしては激しい抵抗をするのである。

ドイツの全国テレビの毎週五カ国の代表による討論番組に、氏はレギュラーメンバーとして出演していた。
ある時、そのテーマは「過去の克服-日本とドイツ」であった。ドイツ代表は、日本軍がアジア諸国で犯した蛮行をホロコーストと同一視し、米国代表は、生体実験や南京事件を持ち出すなどして日本を攻撃した。

松原氏は応戦して、ホロコーストは民族絶滅を目的としたドイツの政策であって、戦争とは全く無関係であること、そういう発想そのものが日本人の思推方法に存在しないと反論し、英国代表には、彼らによる日本人捕虜虐待、米国代表には、百以上の日本の都市無差別爆撃を指摘した。
番組のあとのクライマックスはこうである。

「テレビ局からケルン駅に出てハンブルグ行を待っていると人混みの中から中年女性が近づいてきた。彼女は私の前に立ち「我々の悪口を言うものはこれだ。日本へ帰れ」というなり私の顔にぴしゃりと平手打ちをくらわせてさっさと消えていった。

  松原氏は日本を言葉で防衛している貴重な日本人である。氏の言葉を借りれば、「傷ついて、悔し涙を流して」防衛している唯一の日本人である。

戦後の歴史教科書は、「江戸」が反文明的で暗く、西欧と比べて大変遅れていて、文化度も低いなどと教えました。近年、それは間違いであり事実は逆であり、江戸時代の日本は世界に抜きんでた文明と文化、そして経済力を誇っていたことが、あらゆる方面で立証されています。江戸時代の百姓は「生かさぬよう殺さぬよう」、生存のギリギリまで年貢を搾り取られ、貧窮のどん底にあったとするイメージはウソです。貧農史観は実証的な根拠がありません。江戸時代の農民はかつて想像されていたよりもはるかに自由で豊かな生活を営んでいました。教科書に、幕府や藩が「四公六民や五公五民といわれる重い年貢を取り立てた」、「きびしい身分による差別が行われていた」などと書かれていませんでしたか? これらはマルクス主義の歴史観です。マルクス主義という色眼鏡で見ると、江戸時代は農奴制の時代で、それがその後の近代日本を遅らせ歪んだ侵略的な国家にしたと見なしたいようです。ところが、日本の中世から近世にかけて日本には農民は存在しますが、農奴というものはありませんでした。一方、ヨーロッパに広く農奴制が広がっていました。ロシアでは 18世紀になると、この農奴制が変質し、事実上の奴隷制となってしまっています。 司馬遼太郎氏の「十六の話」によりますと、13,14世紀のころは、日本はアジア最大の鋼の生産国だったようです。また、日本のように早い時期に国内を統一して、安定した秩序をつくりあげた国は世界にありません。


長谷川慶太郎氏の「リスク頭脳を持っているか」にも興味深いことが書かれています。

「あの(江戸)時代に鎖国ができたということ自体大変なことなんです。第一に当時の日本は、世界で最も強大な軍隊を持っていた。日本が一方的に鎖国を宣言しても、武力でその国策の変更を強制できる大国がどこにもなかった。そのころヨーロッパではフランスが最初の常備軍を持ったが、その軍隊は一万五千人。ところが織田信長は長篠の合戦だけで三万人を動員してる。しかも当時の日本ほどたくさんの鉄砲を持っている国はなかった。だから通商を許すとか、布教を許すとか、一方的に日本の為政者が決めてる。恩恵としてその権利を与えてる。」
「大陸で「元」王朝が銅銭に不足して紙のカネ、紙幣を発行したころ、室町時代ですが、日本はもう為替手形を通用させていた。博多で発行させた手形を持って大阪へ行けば、そこで即座に銅銭に取り替えられたし、刀剣でも衣装でもなんでも買うことができた。完全にいまの銀行と同じ制度ができていた。もし銅銭や金貨で運んでいたら、大変な費用がかかるし、危険でもある。手形ならどこに隠してでも持っていける。これは大変なことです。安定した秩序が相当に続かないことには、こういう制度は定着しません。」


日本が完全に鎖国をして安定した社会をつくれたころ、欧州ではまだ完全な分裂国家であり、日本は欧州の文明より一歩先んじていたことが分かります。鎖国したから300年の平和が保てたのではなく、当時のスペイン人やイギリス人を追い払うだけの軍隊を持っていたから鎖国することができたんですね。鎖国をするということは、そういう強さが国になくては不可能であったと。鎖国を閉鎖的なイメージのみで語るのは間違いであると思います。しかも、日本は当時、世界一の産金国であり産銀国。豊かでした。日本独自の芸術・工芸・学問も幅広く開花しました。


さて、韓国では、昨年12月に日本で可決された教育基本法改正案とその内容について、集団主義・国家主義の教育を復活させるのではないかとの懸念を覚えると同時に、政府ではなく全国教職員労働組合(全教組)に掌握された韓国教育について考えさせられたというのです。韓国では、この15年間、教育の主導権が政府から全教祖に移って親北朝鮮・反米思想を植えつけていると懸念してます。学校をまるで革命闘士の養成所に変えてしまった。もう日本のレベルに追いつくことなど不可能だいう悲観的な考えに陥らざるを得ない。」と。世界のトップレベルの学力を目指すという安倍政権と比較してますね。

日本の教育改革と全教組に支配された韓国の教育
朝鮮日報[社説] : 2006/12/18

 日本で、1947年以来59年間にわたり1度も手を加えられたことのなかった教育基本法改正案が15日、可決された。改正教育基本法では前文に「公共の精神を尊び」という1節が加えられ、教育の目標の中に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」という内容を含ませた。

 「教育の憲法」とされる教育基本法が改正されることによって、今後の教育方針や教科課程、教科書の内容、教師の指導要領も一斉に変わることになり、日本の教育の流れは大きく方向転換することになった。安倍首相は改正教育基本法の成立後の記者会見で「今回の法改正内容とは別の問題だが、国旗掲揚と国歌斉唱は尊重されなければならない」と語った。

 今回の法改正に際し、日本が公共の価値と愛国心を掲げて集団主義・国家主義の教育を復活させるのではないかとの懸念を覚えると同時に、政府ではなく全国教職員労働組合(全教組)に掌握された韓国教育について考えさせられた。

 韓国の教育の主導権が、政府から全教組に移ってすでに15年以上が過ぎた。この間、教員全体の4分の1を占める全教組所属教師は、教育現場で生徒たちに親北朝鮮・反米思想を注入することに全力を尽くしてきた。韓国の教育は、教育者の手を離れて時代錯誤のエセ革命家たちの手に渡ってしまったのだ。

 全教組には、生徒たちに兵役や国旗への敬礼を拒否すべきだと教える教師や、北朝鮮が「自主の天国」だとし、中学生を洗脳する教師もいる。全教組の資料集は金日成(キム・イルソン)の抗日闘争を美化し、韓国戦争(朝鮮戦争)を祖国解放戦争として描写し、金正日(キム・ジョンイル)の先軍政治を称賛する内容で満ちている。全教組に所属する教師に習った生徒たちは、反戦バッジを付け、長期非転向囚の話を聞いて「胸が熱く燃え上がる」といった文章をインターネットに書き込んでいる。

 一方で日本では安倍首相が強い国家は強い国民によって作られるという考えの下、教育内容を土台から練り直している。国語・英語・算数・理科の授業を増やし、全国で学力テストを実施して、教員免許を5年ごとに更新させ、学校ごとの学力の格差を公開するという。このように、これまでのやり方を一変させ、世界のトップレベルの学力を目指すという構えだ。

 日本がこうした方向転換を行っている間、全教組の統治下にある韓国の教育は、学校をまるで革命闘士の養成所に変えてしまった。もう日本のレベルに追いつくことなど不可能だいう悲観的な考えに陥らざるを得ない。

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ドイツとは対照的に誠実で几帳面な賠償を実行

ドイツ旧ナチス時代の強制労働被害者への補償を目的とする財団「記憶・責任・未来」は今月11日、被害者に支払いを予定していた約43億7300万ユーロ(約7104億円)をすべて払い終えたと発表しました。


ドイツの「個人補償」と日本の「国家賠償」を比較して、「日本人は過去の歴史をちゃんと反省していない、それにひきかえドイツは」という人がいますが、ユダヤ人600万人虐殺などというような犯罪を日本は犯してはいませんから、補償金額の多寡を比較すること自体、無意味なことです。


それどころか、第1次大戦後のパリ平和会議において、日本代表の牧野伸顕は、 世界史上初めて国際規約のなかに、「人種平等。人種差別撤廃条項」を盛り込むこと を提案しました。採決で、17対11で多数を得たのですが、議長のアメリカ大統領 ウィルソンが、突如「こんな大事な問題は全員一致で決めるべきだ」などという理屈 にならない理屈で、この日本提案を葬ってしまったのでした。この精神に基づいて、ユダヤ人差別せず、 という方針が、ドイツと関係が密接になってからも確認され、満州では日本軍のバッ クアップのもとで「極東ユダヤ人大会」が1938年から3回にわたって開催されて います。そして有名な、杉原千畝の命のビザが6000人のユダヤ人の命を救うこと にもつながっていきます。彼が、政府の方針に抗してビザを発行したなどと言うのは、ウソです。もし、不当なビザだと政府が考 えていたとすれば、敦賀港に着いたユダヤ人は、入国を拒否されたでしょう。 そういう意味では、日本は決して「反ユダヤのナチスドイツ」の友好国だったわけではないのです。



戦争犯罪
とは戦闘の過程で、国際法で定められた戦争のルールを逸脱することです。ナチスの行為は戦争犯罪ではありません。ユダヤ人は元々、ドイツ国籍の人間であるにもかかわらず、ユダヤ人 種であるというだけで迫害、虐殺したのです。それは自国民をも対象にしていて、しかも戦争開始前からすでに始められていました。ナチス犯罪は戦争行為の逸脱ではなく、特定の人種の抹殺や奴隷化を目的として、戦力を阻害してまでも計画的、合理的に実行された国家犯罪なのです。正に特殊な犯罪です。米国にもイギリスにも日本にも収容所がありましたが、一民族を根絶するために収容所を作って、それを冷酷かつ合理的に運営した国はドイツの他には例がありません。

第二次世界大戦後のドイツでは、日本と同じように国家賠償という普通のやり方で、全ての片をつけたかったのですが、出来ない事情が二つありました。例えば、ドイツという国家が無くなってしまったからです。ドイツの場合、連合国との正式の講和条約はとうとう締結されないまま今日を迎えています。東西に分裂したドイツが統一するまで講和条約の締結を待つというのが表面上の理由ですが、実は冷戦の影響が大きい。東西両陣営とも、東と西の両ドイツに対する経済的圧迫を手控えざるを得なかったようです。また、ナチスの犯罪があまりにも巨悪なため、ドイツ人は一斉に自己防衛をした・・・ユダヤ人やジプシーなど「劣等民族」とし、地上から抹殺するという「他に比較する事が出来ないほどの深刻な犯罪」(ヴァイッゼッカー元西独大統領の言)を犯したからです。そこで個人賠償、これは戦後ドイツの苦肉の策なのでしょう。ナチスという全体主義体制の典型的な犯罪に限定して個人補償を実行してきました。少なくとも、日本は誰が見ても、ナチスような意味での犯罪者国家ではありませんでした。欧米帝国主義の国々同様の罪は犯しましたが。


ユダヤ人虐殺とは別に、ドイツにも戦争犯罪もあります。例えば、1944年、516万人のロシア兵が捕えられ、そのうち、47万3千人が処刑され、3百万人が捕虜収容所で餓死したという。これらは捕虜の不法処刑、虐待という戦争犯罪に属するものです。ナチス犯罪以外の賠償問題を、ドイツはうやむやのまま棚上げしてきました。


犠牲者個人に対する補償といえば、米国とカナダにおける日系人強制収容者への補償が行なわれましたね。米国では1990年10月を皮切りに、補償金の配布が実施されることが確約されました。10年以上に及ぶ日系アメリカ人の補償賠償運動の勝利でした。


ちなみに、ベトナム戦争の際、米国は北爆その他であれほどの大量破壊を繰り返しましたが、ベトナム側に賠償金を支払っていません。和平協定に先立って、北ベトナムは一切の賠償責任がアメリカ及びその傀儡者にあるとの態度を示したこともありましたが、結局、和平協定にはその問題は反映されませんでした。枯葉剤散布による出産障害などについてアメリカは被害者個人に対する賠償責任があることは明白ですが、無視したままです。米国は敗戦国なのに・・・。


これに対して、日本が第二次世界大戦後に行った戦争賠償および戦後補償は、日本と被害各国との間で条約・協定等が締結、履行された事と各地の軍事裁判で判決を受け入れたことで償われており、国際法上既に決着しています。つまり、敗戦国となった日本は、六年間の米国を始めとする連合国の占領期間を経た後、1951年(昭和26年)に、サンフランシスコ平和条約を結びました。連合国55か国中、48か国と講和を結び、多くの条約当事国は賠償請求権を放棄しました。この条約とそれとは別に個別の国々と結んだ協定(二国間協定)で、戦争で日本が与えた損害に対して賠償を行なう約束をし、戦後補償問題は決着しました。
日本が同条約に基づいて、戦後外国に支払った金と物は膨大なものであり、当時の金額で1兆300億円以上にのぼります。
その内訳は①賠償および無償経済協力(準賠償)、②賠償とは法的性格を異にするが戦後処理的性格を有する贈与・借款、軍需工場など日本国内の資本設備を、かつて日本が支配した国に移転、譲渡する「中間賠償」戦前、日本政府や企業、個人が海外に持っていた在外資産の諸外国への引き渡し、の四つから成ります。


「日本軍隊によって占領され、日本国によって損害を与えられた連合国」とは、フィリピン、ベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシア、豪州、オランダ、英国(香港、シンガポール)、米国(グアム、キスカ、アッツ)の9か国。この内、ラオス、カンボジア、豪州、オランダ、英国、米国は賠償請求権を放棄または行使しませんでしたが、ラオス、カンボジアとは経済・技術協力協定を結び賠償に代わる準賠償を行ってきました。またこの九か国以外でも、スイスやアルゼンチンなどには日本から受けた損害に対する賠償請求権が認めらました。



日本は海外で保有していた在外資産をすべて放棄しました。
満洲、朝鮮の鉄道、工場から中国大陸やアメリカで日本の企業や個人の保有していた建物、設備、預金まで全てがそれぞれの国に没収されました。その総額は1,111億ドル(1兆1千億円)。現在の価格に 直せば、50兆円は優に越える金額でしょう。この 多くの部分が、中国大陸にあったわけですので、中国に対しては、既に膨大な賠償を 支払っていると考えることもできます。満州にあった、日本の資産を侵略してきたソ 連軍は、徹底的に略奪没収して、国に持ち帰りました。工場の機械はおろか、釘一本 も残さず、などと形容されるくらい、共産ソ連の略奪はすさまじいものでした。中国 としては、自分がとるべきものと思っていたのですから、面白くないのは当然です。 後の中ソ対立の根はこんな所にもあったことは注目しておくべきです。


日本の交戦国は、共産中国ではなく中華民国だったのです が、その中華民国が賠償請求を放棄しているのに、その後継者として中国を代表して いる現中国が、賠償を放棄したのは全く当然のことです。しかし、この中国に対する 負い目から、日本は、準賠償とも言えるODA 援助をこれまでに、2兆8000億円も行っています。そのお金は結局、中国の核兵器開 発と軍備強化に使われ、チベット、ウィグル、蒙古その他、異民族支配、民族浄化、 虐殺に使われています。日本は謝罪し てない、償いをしていない、という誤った意識から、虐殺現行犯国家中国にとんでも ない人権弾圧支援をしてしまっているのです。


日本はサンフランシスコ条約に基づき、金銭ではなく「役務および生産物」を中心として賠償を行うことが認められました。これは発電所建設やダム建設、港湾建設、上水道建設、農業センター建設、船舶供与、トラック供与などを、技術を持った日本人が中心になって建設などを支援したり、生塵物を無償で経済協力することなどです。アジア諸国にとっては、経済発展していくために、これらの長期的資本投資の役割は大きく、役務賠償を受け取る国の経済発展と社会福祉の増進に極めて役立ちました。また、途上国に対する今日の経済協力の原形を成しました。
 その一方、この方式は、日本政府が日本企業に円を渡し、企業が発電所やダム、上水道の建設、トラックや船舶などを相手国に提供するやり方をとったので、日本にとっても多くの需要が生まれ、大きな経済効果となりました。役務賠償は結果的に日本企業にとって絶好の海外進出のチャンスになり、日本と相手国との経済関係や人的交流を深め、日本のアジア地域における経済的基盤を整えました。日本にとっては、国民の負担という面だけでなく、海外投資の役目も果たしてきたわけです。



日本が支払った賠償・準賠償は分割で支払っていますが、敗戦後の貧しい中、当時国民が一生懸命働いて膨大な賠償に応じてきました。
経済大国の日本ではなく、戦後のまだ貧しい時代に、時には国家予算の3割近くの賠償金を約束し、きちんと実行してきました。この姿勢は、ドイツとは対照的な誠実さと几帳面さです!



かつて植民地支配をおこなった国々・・・米国、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン、ポルトガル、ベルギーなど、それについて謝罪し賠償金まで支払った国は日本だけです。
1997年(平成9年)に行われた香港返還の例を見ても、アヘン戦争以来100年も続いた侵略、植民地支配を英国は決して謝罪せず、一銭の補償金も支払いませんでしたが、中国政府も敢えて要求しませんでした。



戦争責任においても、ナチスの犯罪はヒットラー個人の罪で、ドイツ民族の罪ではないという主張はやや強引です。1937年の正規の国会選挙で得票率37.4%をとって第一党となり、世論の支持のもとに合法的に権力についたのです。さらに戦後作られたナチ協力者のリストは、1200万人にものぼりました。当時の映像が残っていますが、ヒットラーの演説に聴衆が熱狂的に拍手を送っていました。朝日新聞など、日本とドイツの戦後賠償や謝罪について比較しては、ドイツを褒め、日本の批判をしてますね。しかし、ドイツはユダヤ人に誠実に謝罪はしてません。ナチスのせいにしただけです。ユダヤ人に聞いてみたら分かると思います。

近隣諸国との関係を語る際、今なお「過去」の清算の不十分さが指摘される日本は、ドイツとの差が大きく、それが外交基盤の強弱につながっている・・・という朝日新聞の指摘は、事実も論理も転倒しています。ドイツは優れた外交能力で、EUやNATOでリーダーシップをとり、過去の清算の不十分さをカバーしつつ、近隣諸国との関係を築いてきました。逆に日本は謝罪外交、ばらまき外交しかできず、せっかくの十分な過去の清算努力を無にして、一部の近隣諸国につけいられる隙を与えているのです。日本はドイツの外交を見習って、その不徹底な「過去の清算」ぶりは見習うべきではないのです。両国の「過去」は本質的に異なるからです。

 <ナチス強制労働>被害者に補償金を完済 約7000億円
毎日新聞社 06月12日
【ベルリン小谷守彦】ドイツ旧ナチス時代の強制労働被害者への補償を目的とする財団「記憶・責任・未来」(本部ベルリン)は11日、被害者に支払いを予定していた約43億7300万ユーロ(約7104億円)をすべて払い終えたと発表した。00年8月設立の同財団は、翌年から旧東欧を中心に生存する強制労働の被害者に補償金を支払ってきた。補償金を受け取ったのは100カ国以上の約176万5000人に及ぶ。受給を歓迎する声がある一方で「支給が遅すぎた」との批判もある。

 補償は正式な損害賠償ではなく、道義的なものとされ、1人あたりの補償額は被害の種類に従って7500~2500ユーロに固定された。最高額の7500ユーロは、強制収容所で労働に従事させられた人々が対象となった。

 連邦議会と連邦参議院は00年7月、財団設立法を可決。90年代後半に、強制労働に関与したドイツ企業への集団訴訟が相次いだことが財団発足のきっかけだった。補償金の半分はドイツ政府が負担し、残りは被害者を働かせていたフォルクスワーゲン社やバイエル社など約6500の企業が負担した。

 補償金の完済は11日、財団理事会に報告された。12日にはベルリンの大統領府でケーラー大統領やメルケル首相が出席して完済を記念する式典が行われる。

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ハイリゲンダム・サミットの表と裏で

ドイツで開かれた主要国首脳会議(ハイリゲンダム・サミット)では、2013年からの京都議定書の次の温暖化対策が主要なテーマとなりました。日米欧が激しい駆け引きを繰り広げましたが、当然その裏側には国益をかけた温暖化対策ビジネスをめぐる覇権争いがありました。温暖化対策ビジネスでは巨額の資金が動くことが予想されます。2050年はだいぶ先ですから、技術革新というパラダイムシフトが起きるかもしれません。
EUは、温暖化対策ビジネスでは企業に削減義務を課し、環境税と排出権取引を組み合わせたキャップ・アンド・トレードを先に始めています。「来年のサミットは、日本の最先端の省エネや環境技術のショーケースにしたい」と、安倍晋三首相は8日、閉幕後の会見で来年7月に開かれる北海道洞爺湖サミットに向けた意欲を語りました。世界で最も技術力がある省エネという温暖化を「緩和」するビジネスで主導権を取るというのが日本の戦略。温暖化という環境変化へ「適用」するビジネスについても有利に展開しようとの狙いがあります。温暖化対策ビジネスの覇権を獲得できるかどうかは、各国経済の将来を占う試金石になる可能性を秘めています。

ところで、昨年11月末の「ASEAN(東南アジア諸国連合)+三」首脳会議で提起された「東アジア・サミット」は、 3月9日の読売国際会議でアーミテージ前国務副長官が、「協議体の拡散は、米国とアジアの間に、また日米間に楔を打ち込むことにつながらないだろうか。協議体が増えるのは、米国の存在感を小さくしようとする動きなのではないか」と語ったように中国の意図が伺えます。日中戦争の泥沼にはまり込んだのは、蒋介石の日米離間構想に絶好の隙を与えたからです。同じ過ちを犯してはならないと思います。しかも、EUの場合一人当たりGDP(国内総生産)の各国間格差は一対十程度であるのに対し、「東アジア共同体」では一対百にものぼります。「東アジア共同体」が非現実的な空論に過ぎないことは明らかです。

ともあれ、ハイリゲンダム・サミットの裏では、先進国だけでなく各国が国益をかけて必死に戦略を練っています。日本の報道も例えば、10日(日)午後9時から放送のNHK「激流中国 北京の水を確保せよ ~しのびよる水危機~ 」など、「水危機」の原因は、あくまで中国政府にあり、天災ではなく人災であることは間違いない事実・・・にもかかわらず、特定国のプロパガンダに手を貸す作り。中国の窮状を編集し、経済支援への理解を得ようとする中国とNHKの意図が見え隠れしてます。NHKは青海チベット鉄道 の特集の時も、景色の美しさなど素晴らしい面ばかりにスポットを当て、この鉄道の開通によってチベットへの侵略が更に容易になるなど負の側面には一切触れていませんでしたね。国営とは思えない偏向報道ぶりです。




昨年11月の米中間選挙で12年ぶりに上下両院で多数党となった民主党主導の連邦議会が、今年1月4日に開会しました。民主党多数の議会の動向は日本側にとっても気になるところです。議会や政府では親日派が減って、反日派が増えるのではないかとの懸念がありましたが民主党側にも、日米同盟保持という点ではコンセンサスに近い支持があり、親日派や知日派も少なからずいるようです。それより何より、共和党にも民主党にも日本を大切に扱い、日本との同盟を重要視することが国益にるながると考えれば、その考えに合わせた言動をとる議員が存在するということでしょう。また、民主労は人権派が多いと言われます。慰安婦問題では日本を糾弾するけど、中国共産党の独裁体制をも糾弾すると言った具合に、人権に関わることには黙っていない。ということは、自由や人権の擁護を信条とするリベラル派にとっては、日本より中国に対しての方が厳しいに違いありません。なにしろ、一党独裁で民主主義とはほど遠い体制の中共ですから

米下院では、同党のナンシー・ペロシ議員(66)を女性初の議長に選出しました。ペロシ議員は中国当局の人権抑圧や大量破壊兵器の拡散を糾弾して、「米国議会でも最も過激な反中議員」と目されてきました。1987年に初当選した民主党リベラル派のペロシ議員は89年の天安門事件のころから中国共産党政権の民主主義弾圧や国民の自由抑圧を激しく非難し、議員事務所に民主派が天安門広場に作った「自由の女神」像のレプリカや中国人の民主活動家たちの写真を飾っていることで知られています。また、チベットの現状を「中国による占領」と呼んで、ダライ・ラマや台湾への支持さえ表明してきました。中国政府首脳を「北京の殺戮者たち」とまで呼び、先代ブッシュ大統領が92年に当時の李鵬首相と会談した際は「米国大統領がなぜ殺戮者と握手するのか」と糾弾。こういった事実は日本のマスコミではほとんど報じられていないですね。
米民主党では、共和党ブッシュ政権が反対する多くの政策を掲げていて、主なものとしては学生ローンの金利の引き下げ、胚幹細胞研究への助成金の提供、メディケア患者への医薬品の低価格での提供、米国独自の二酸化炭素排出ガス削減法案を制定し、強制的に米国内二酸化炭素排出ガスを削減させることなどが挙げられています。
サンフランシスコを選挙区とするペロシ議員、選挙区内には全米でも最大規模のチャイナ・タウンを抱えているんですね。ここには台湾系や香港系も含めて中国共産党の独裁態勢を批判する中華系住民が多いそうです。中華系住民は一枚岩ではない・・・やはり、民主主義の国で暮らしていれば、いかに中共政府が酷いことを行っているか見えてくるということでしょう。



来日して靖国神社を訪れ参拝を果たした台湾の李登輝前総統は、「私人」の立場を強調する一方、講演などで中国批判を展開し、老練な政治家の一面ものぞかせました。李登輝氏の離日前の記者会見も、日本と台湾以外にも東京駐在外国メディアを含む約300人を前にした発言であり、世界に向けてメッセージを発信する狙いがあったと思われます。中国は抑制的な反応に終始したものの、「日本の軍国主義勢力が台湾独立の陰謀を作り出した」(賈慶林・共産党常務委員)との解釈を示しています。
成田空港第2ターミナルビルの出発ロビーで、中国籍のエンジニア(男)が李登輝に清涼飲料水のペットボトル2本を投げ付けたという事件がありましたが、ペットボトルは当たらず、李前総統にけがはありませんでした。犯人は、取り押さえられた後も「あっかんべー」までしていました。

米下院 ダルフール問題で中国抗議決議
06/07 産経デジタルのニュース・ブログポータルサイト イザ

米国議会下院は5日、本会議で、中国政府がスーダン政府の支援を受けた民兵組織によるダルフールでの大量虐殺を黙認していることは、北京オリンピックの精神に反するとして、抗議する決議案を全会一致で可決した。同下院本会議が賛成410票、反対ゼロ票で可決した同決議案は、「ダルフールでの大量虐殺をやめさせるように影響力を行使することを中国政府に求める」としている。
 超党派61議員により、5月21日に共同提案された同決議案は、拘束力こそないが、最終的に共同提案者は130人に上り、5日に採決された。
 同決議はダルフールでスーダン政府に支援された勢力が2003年以来、競合部族の大量虐殺を続け、その犠牲者はすでに数十万に達したとして、中国が(1)スーダン産石油の70%を購入する(2)スーダンとの軍事協力を強め、2005年には兵器類約7000万ドル以上を売った(3)スーダンに総額100億ドルを投資した-ことなどから、スーダン政府に対し独特の強いきずなを保つ立場であるのに、大量虐殺をやめさせようとしなかった、と抗議している。
 同決議はそのうえで中国政府に対し(1)ダルフール大量虐殺を認識したうえで公式に非難する(2)スーダン政府への兵器の販売を全面停止する(3)スーダンとの経済協力や投資を停止する-ことなどを求める一方、とくに中国政府がこの種の大量虐殺を認め、支援することはオリンピックの精神にはそぐわない、として、中国がダルフールでの大量虐殺を阻止するための行動をとらない場合は北京五輪のボイコットも辞さないという姿勢を明らかにした。
 同決議の審議の際には下院本会議で共同提案者のジョン・タナー議員(民主党)が「このままだと北京五輪はジェノサイド(大量虐殺)五輪となる」と述べ、中国政府がダルフールでの虐殺阻止への行動をとらない限り、北京五輪開催への反対を表明する姿勢を打ち出した。ボブ・グッドラテ議員(共和党)も「中国は五輪開催国としてこの種の蛮行を阻止する責任がある」と非難した。

中国に逆風、サミットで胡主席「防戦」
06/08 産経デジタルのニュース・ブログポータルサイト イザ

主要国首脳会議(ハイリゲンダム・サミット)で、新興経済国5カ国のメンバーとして出席した中国の胡錦濤国家主席は8日、G8首脳との対話に臨む。アフリカ問題が議題となった今回のサミットでは、スーダン西部ダルフールでの人権抑圧にからみ中国の対応に逆風感が強く、中国側は胡主席の対話参加を前に防戦姿勢を強めている。
 大量の住民虐殺や女性への暴行が続くダルフール問題で、中国政府はスーダン産石油調達の見返りに、同国政府に向けて武器輸出や投資を続けてきた。米下院本会議は5日、中国政府が人権抑圧の停止に向けてスーダン政府への影響力を行使しなかったとして、対中非難決議を採択していた。
 中国外務省は7日、この米下院決議を「中国側がダルフール問題の解決に果たした建設的な努力を無視し、ゆえなく中国を非難している」と批判した。
 米側ではこのほか、サミット参加を前にチェコを訪問したブッシュ大統領が5日、在米のウイグル人女性人権活動家、ラビア・カーディル氏をプラハでの人権フォーラムに招き面談するなど、人権問題で明らかに中国への揺さぶりを強めていた。
 ダルフール問題担当の劉貴今・中国大使は、ロイター通信に対し、「ダルフール問題の本質は開発問題。問題解決の道は現地経済の再建と開発にある」と指摘した。サミットでの日米欧との議論は平行線となる可能性が強いようだ。

<李登輝氏>靖国参拝問題で中韓両国を非難 「訪日は成功」
毎日新聞社 06月09日

台湾の李登輝前総統は訪日最終日の9日、東京都内の外国特派員協会で記者会見し、自身が7日に参拝した靖国神社をめぐる問題について「中国や韓国が自国の中で処理できないがゆえに(対日カードとして)作り上げられた。それに対し日本の政治はあまりにも弱かった。こういう問題が外国政府に批判される理由はない。自分の国のために亡くなった若者をまつるのは当たり前のこと」と中韓両国を非難した。
 李氏はまた、総統退任後3回目となった今回の訪日を「非常に成功だった」と総括。台湾の現状について「台湾はすでに独立した国だ。独立した自由で平和な民主国家であると主張し、住民がそのアイデンティティーを持つことが大切」と強調した。李氏は9日夕、成田空港から台湾に戻る。

日本へのSM3売却を議会に通知 米国防総省
共同通信 06月09日

【ワシントン8日共同】米国防総省は8日、海上配備型迎撃ミサイル(SM3)9基など、総額約578億円の防衛関連装備を日本に売却すると議会に通知した。日本は07年中に、海上自衛隊のイージス艦に配備、北朝鮮のミサイル「ノドン」などへの対処を急ぐ計画。通知の中で同省は、今回の売却が地域の軍事バランスを大きく変えることはないと、日米によるミサイル防衛強化を警戒する中国へも配慮。

3億6000万円を流用 北朝鮮の国連資金疑惑で米調査
共同通信 06月09日

【ワシントン9日共同】9日付の米紙ワシントン・ポストは、国連開発計画の事業費が北朝鮮で不正流用されているとの疑惑について、約300万ドル(約3億6000万円)が北朝鮮政府による海外での不動産などの購入に流用されたとの調査結果を米国務省がまとめたと報じた。2001年と02年に北朝鮮には800万ドル以上が供与され、少なくとも280万ドルは英国、フランス、カナダにある建物の購入資金に充てられたという。

ロシアで国際経済フォーラム始まる
TBS Newsi 2007 06/09

「ロシア版サミット」ともいえる国際経済フォーラムが8日、サンクトペテルブルクで始まり、初日、現地生産を始める日本の自動車メ-カ-「スズキ」が協定に調印しました。
 11回目となるサンクトペテルブルク国際経済フォーラムは、さながらエネルギー景気に支えられるロシアの国力を見せつける催しともいえます。
 ガスプロムなどロシアを代表する企業のほか、旧ソ連圏の国々の首脳なども集まり、ロシア側もプーチン大統領のほか、次期大統領候補の2人、イワノフ、メドベージェフ両第一副首相も参加するなど、「クレムリン」が移ってきたかのようです
 フォーラムの初日には、サンクトペテルブルクに進出する外国企業の調印を行うのが恒例ですが、今年の晴れ舞台には自動車メーカー「スズキ」が立ちました。
 「値段次第では、かなりのマーケットがあるのではないか」(スズキ 鈴木 修 会長)
 スズキは現在、年間1万6000台の販売実績がありますが、今後140億円をかけ、年間3万台を生産する工場を2009年までに建設する計画です。
 ロシアの高ぶった気持ちがそれとなく漂うフォーラムですが、大統領が出席する9日には、サンクトペテルブルク市内で「反プーチン大統領」のデモも予定されています。


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ドイツ

ドイツと日本は、戦後処理に関してよく比較されます。
ドイツは早くに国際社会に復帰したと言われますが、日本は中国や韓国などにいまだに謝罪しろと言い続けられています。何故でしょう?

ドイツは、戦争責任をナチスという当時の政権党のせいにして、ナチスはドイツ人ではないとまで言い切りました。600万人と言われるユダヤ人大虐殺をナチスだけのせいにしました。
ところが日本は、当時の東条英機ら戦争指導者だけのせいにしませんでした。
東条英機は日本人ではない! なんて言うことは出来ないのでしょうね。

先日の「群集のパワー」にも書きましたが、日露戦争の時から日本人は世界を知らなかったために、群集が帝国主義を始めてしまったのです。偉い人たちが始めたのではなく群集が始めた。そして、日露戦争にとどまらず、第一次世界大戦、日中戦争、太平世戦争へと「行け行けドンドン」とばかり進んで行ってしまいました。

また、日本には「死者に鞭打たない」という文化があります。
日本国民は、全体にひとがよい。判官贔屓(ほうがんびいき)とか、死者に鞭打たないとか、無視しても村八分にとどめるとか(二分は交流を残す)、そういう精神文化の土壌がありますね。
だから、小泉さんも靖国に参拝するんでしょうね。
「多くの戦没者に哀悼の誠を捧げるために 参拝している。そして戦争の反省を踏まえ二度と戦争をしてはいけないということから 参拝している」と述べています。

他国の文化に理解を示さなければ、国際関係は良くなりません。
文化とは特定の集団(例えば民族)においてのみ通用する特殊なものです。場合によっては、
努力しないとなかなか他の国の文化に理解を示したり共有することが難しいかもしれません。
日本が鯨を食べることで、韓国が犬を食べるということで他国に批難されましたが、これも文化です。

中国や韓国の偏狭なナショナリズムには辟易してはいますが、日本の排外的な偏狭なナショナリストを好ましいとは思ってません。他国のあまりにも非常識な言動には、私も一過性プチナショナリストに変貌しちゃたりもしますが(苦笑)


さて、ドイツ人はフランス人に対し基本的には劣等感があるようです。
自分たちは田舎者なんだという引け目があるようです。
ライン河畔に「ケルン」という町がありますが、フランス語で言えば「コロン」で植民地という意味です。ケルンの人々は喜んで自慢します。
「かつてはローマの植民地だったんだぞ」
と。ローマの遺跡まで大事にします。
植民地だったことが、早く文明を受けたということで自慢なのです。
現にドイツは、フランス革命の成果を、ナポレオンに征服されることによって得ました。

米国の作家スタインベック(1902~1968年)は、生涯アメリカ人とは何かということを追及し続けた人です。その最後の作品「アメリカとアメリカ人」によりますと、
彼は少年時代、土地の日本人をやっつけるためめに少年団を作っていたそうです(笑)
スタインベックはドイツ系の祖父が米国に多くの農地を持っていて、父親がその一部を相続したそうです。母親はアイルランド系の小学教師。
当時はドイツ系もアイルランド系も肩身が狭かった。

アメリカ社会は開拓地に家と耕地を作って、よそ者を警戒し、集落が出来ると集落ぐるみよそ者から自衛しました。
アイルランド系が来て、ドイツ系はアメリカ人になれた。
ポーランド系が来て、アイルランド系がアメリカ人になり、イタリア系が来て、スラブ系がアメリカ人になった。さらに、日系が来て中国系が、インド人・フィリピン人・メキシコ人が来て日系がアメリカ人になったそうです。

ドイツで思いつくことを書いてみました。

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